〘お題de神話〙ミエナイケモノ
【キマエラ[羅]/キメイラ・キメラ[英]】: 名前の意味は牝山羊。ギリシャ神話に於いてはテュポーンとエキドナの娘。ライオンの頭と山羊の胴体、蛇(または竜)の尾を持ち、口から火を吐くとされている。
この怪物は生物学におけるキメラの語源ともなっている。
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いくつかの獣の体を併せ持つ生命体。
それらは時として神獣と崇められもするが、ほとんどが魔獣として恐れられ、忌み嫌われる存在である。
ならば、地球上に存在するありとあらゆる獣の骨を有するものを知っているだろうか。
最強を謳われ、畏怖される『竜族』。
そして、その一頭を屠り、『竜殺し』の異名を冠した男を。
その男、名をシグルズと言う。
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神とも悪魔とも畏怖される竜を屠り、その返り血を浴びて不死身となったはずの英雄は、今、生死の際に佇んでいた。
少しずつ薄れゆく意識とは裏腹に、その脳裏に失われた記憶が甦って来る。忘れさせられていた大切な記憶が、それこそ雪崩のように押し寄せていた。
薬を盛られたとは言え、婚姻を約したブリュンヒルドの存在そのものを忘れ、欺き、あまつさえ卑怯な手を用いて無理やり他の男と結婚させてしまった。しかも、自らも他の女を妻として。
(……これが報いか……)
寝入ったところを、義兄に不意打ちされたのだった。辛うじて返り討ちにしたものの、唯一の弱点である背中を突かれてしまえば成す術はない。
流れ出してゆく命。シグルズは亡き実父・シグムンドを思い出した。
存命の折に聞かされた物語、くぐり抜けた戦、神々、そして異郷の話──その中に、様々な獣が入り混じり、恐ろしい姿をした怪物の話もあった。
今となってシグルズは知る。
『人の心は良いも悪いも併せ持つ。我欲に蝕まれれば、他人の心も身体も喰い尽くし、命ごと貪るように成り果てる。真、恐ろしいのは、善人の面をしながら悪人の心を隠し持つ者……人の心に巣食う邪と言う名の怪物ではないか』と。
かつてシグルズが殺した竜は、黄金を我が物にせんと姿を変えた養父の兄だった。養父は養父で、その兄をシグルズに殺させ、黄金を横取りしようと目論んでいた。しかも、成就した暁にはシグルズすら手に掛けようとしていたのだ。
(あれこそ獣……いや、獣さえ及ばぬ所業。おれとて何ら変わらぬ……人の皮を被っているだけだ……)
最期の時を感じ、目を閉じたシグルズは深く息を吐き出した。
「……ブリュンヒルド……」
それを最後に、竜殺しのシグルズは事切れた。
呼気のようなその声が、ブリュンヒルドに届いたのかは定かでない。だが、他でもない彼女がシグルズの遺体を荼毘に付したのである。
彼女は燃え盛るその焔に自らの身をも投じると、シグルズへの愛も憎しみも諸共に焼き尽くしたのだった。
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『竜殺しのシグルズ』は北欧神話[サーガ]に登場する英雄で、ゲルマン神話としてアレンジされた『ニーベルングの指輪』に登場する『ジークフリート』の名の方が馴染みは深いかも知れません。
各所に共通点が見受けられるのですが、違いもあったりします。(名前の発音とかではなく)
その辺りは、そのうち『異聞』として書けたらいいなぁ、とは思っているのですが……思っているだけですw
それにしても、このお話、ワタクシは英雄譚として聞いたはずなのですが、薬のせいとは言え女を騙した挙句に恨まれて殺られるって、果たして英雄としてどうなんですかね?www
まあ、英雄には問題と悲劇が付き物、と言うことなのでしょうか……哀しみ!
では、また。
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