〘お題de神話〙禁視
男は石になったように息を殺した。
(落ち着け……大丈夫だ……)
背後から音もなく近づいて来る圧倒的な気配。片手に剣、もう片方の手には青銅の盾。
(待て……剣の間合いまで……)
目視の効きにくい闇の中、ヒタリと相手の気配が止まる。
(今だ……!)
盾に影が揺らめいた瞬間、振り向きざまに剣を走らせた。
「……ギャッ……!」
短い悲鳴と落下音。ビシャっと言う水音。そして訪れた静寂。しかし、男が松明に火を灯す前に辺りは光に包まれ、甲高い鳴き声が洞窟内に響いた。
✬
メデューサ討伐の命を受けたペルセウスは、ヘルメス、アテナ、ハデスらの協力を得ていたが、実はその裏でポセイドンから密命を受けていた。
ポセイドンの望みはただ一つ。
『決して姿を見ずに楽にしてやって欲しい』
ペルセウスは首を傾げた。そもそも見ただけで石になると言われるメデューサである。わざわざ『姿を見るな』と言われて不思議に思わぬはずがない。
しかし、ポセイドンから聞かされたのは巷に流布している話と違っていた。
「姿を見たから石になるのではない。メデューサはアテナに呪いをかけられたのだ。姿を見ると石になると信じた者を石化させてしまう呪いをな」
「では、実際には彼女の姿は変わっていないのですか?」
「そうだ。だが、彼女には己の姿が見えぬ。故に異形の姿に変えられてしまったと信じ込み、見られることが耐え難い屈辱になってしまった」
ペルセウスは同情した。
「そして、私が危惧するのは彼女が死して後……ゴーゴン姉妹の中で唯一不死ではない彼女は何れ死すであろうが、それでも呪いは解けぬ。しかし彼女は、死した後には呪いが解け、異形の姿を見た者が石にならずに生き続けると思い込み、恐れているのだ。名が知れ渡ってしまっておる故、このままでは被害は増える一方であろう」
「哀れな……」
「確かにメデューサにも責はある。が、あの時は間が悪かった……アテナの機嫌が、な」
「わかりました。私だけは決して彼女の姿を見ぬと誓いましょう」
「すまぬ、ペルセウス。だが、彼女から生まれ出ずるものが、そなたに生涯の宝をもたらすであろう。それが私からのせめてもの心付ぞ」
✬
「ポセイドン様が言っていたのはこれか!」
メデューサとポセイドンから生まれたペガサスに跨り、ペルセウスは故郷への帰途に着いた。
途中、怪物から救った絶世の美姫アンドロメダを妻としたが、ポセイドンの計らいであることは知られていない。
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