〘お題de神話〙胡蝶之夢
えも言われぬ香りが鼻先を掠め、男は足を止めた。
「こんな所に店なんてあったのか」
誘われるように足を踏み入れる。
「いらせられませ」
艶のある女の声。あまりの美しさにしばし言葉を忘れる。
「何かお探しですか?」
「いや、いい香りがしたので……」
「ああ」
女は傍の棚を向いた。
「それなら、きっとこれでしょう」
近づくと、確かに香りが強まる。
「これは香爐……ですか?」
素人目にも相当な年代物。細工も見事で、手入れも行き届いている。
「ええ。“胡蝶之夢”と申します」
「荘子、ですか」
「そう思われるでしょうね。ですが、これはもっと昔……そう、瑶池の金母愛用、との逸話がある品です」
「金母……西王母のことですか?」
女は意味ありげに口角をゆるめた。
「そう呼ばれることもありますね」
「とても信じられませんが……」
「香爐の記載は紀元前三世紀頃ですが、あくまで記録上であって、それ以前に存在していても不思議ではありませんわ。それに……」
「それに?」
「事実、この香爐には不思議な力がありますから」
「不思議な力?」
「ええ。この香爐で焚く煙は蝶の群れ。人に夢を見せ、また、その人の夢の化身として香となります」
「そんなこと……」
『あるはずない』と言いかけ、飲み込む。
「お疑いでしたら試してご覧になっては? この香爐、どうぞお持ちくださいな」
「いや、そんな……」
女が微笑んだ瞬間、香爐から昇っていた煙が無数の蝶へと変化し、たちどころに男の視界を覆った。
*
男が目を覚ますと自宅だった。
「夢か……」
籐椅子に揺られているうちに眠ってしまったらしい。
「妙に生々しい夢だっ……」
言いかけて男は息を飲んだ。目の前にあの香爐があるではないか。
「これは……あれは夢じゃなかったのか……? それとも、これが夢なのか……?」
夢と現に困惑する男を、誰かが遠くで呼んだ。
◇◇◇◇◇
◇◇◇
◇◇
◇
◇
◇
「お目覚めですか、あなた」
「此度も楽しんでおられたようですね、父上」
目の前には、女仙を統べる妻と仙界随一の美しさを誇る娘。
「ああ。しばし未来の夢だったが、中々楽しかったぞ。“胡蝶之夢”があの荘子の言葉になっておったな」
「あら、まあ」
「そうそう竜吉。お前の女主姿も中々……どんな姿でも絶世の美女だったぞ」
「まあ、父上ったら」
母娘が可笑しそうに笑う。
「次期上帝とも称される方が、親馬鹿ですこと……」
「ふむ。だが“爐”と言うものは、火に力を宿らせるに便利だな」
親馬鹿云々は脇に置き、感心する東帝なのであった。
☆
『炉』と言う字ですが、『火』という字の横に『戸』と書きますね。ただし、これ新字体。旧字体を見ると『戸』の部分は『盧溝橋事件』の『盧』という字。(もう少しアレな例はないのかw)
ちなみに調べてみると、この『爐』って言う字は炊きあがった飯を入れておく『飯びつ』の形、なのだそうな。
そこから『爐』という字は『屋内で火を焚く』ことを意味するようになったとさ。
『人が集まり、暖をとり、煮炊きをして食事を共にする場所』なんだそうです。
新字体にしちまったら意味ないやん💡と思うアテクシなのでしたwww
お粗末さまでした(*・ω・)*_ _))ペコリン
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