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〘異聞・阿修羅王/結4〙刻限
須羅(しゅり)と剣を交えながらも、摩伽(まか)の脳裏からは須羅の言葉が離れなかった。だが、攻撃の速さはさらに増しており、思考に集中する暇(いとま)がない。
(おれが須彌山(しゅみせん)を……何故(なにゆえ)だ……! いや、おれに須彌山を破壊させんと、謀っているに違いない……!)
皮膚すれすれを過る風圧。
日輪刀からは灼熱を、月光刀からは凍気を感じ、触れれば切れるだけで済まないことは瞭然だった。
「どうした? 余計なことを考えている暇などなかろう? ここでお前が負けても、須彌山のゆく末は同じだぞ」
「くっ……!」
交えるごとに速くなる二刀を捌くのは、摩伽でさえ容易ではなかった。しかも、かつてのように鬼神に変化(へんげ)せずとも、より以上の力を見せつけて来る。
「何故だ! 何故、今になってそのような力を!」
「さてな……何故だと思う?」
「何故『今』でなければならぬ!? 須彌山が本当の最期を迎える時に、おれが終わらせば良いことではないのか!? 何故『今』なのだ!」
真実、知りたいと思っているのはそこではない。
本当に知りたいのは、何故、本来、須彌山を守護する役目であるはずの『己』なのか。何故『己が何も知らずにいたのか』だった。
「今しかないからだ!」
須羅はあっさりと言い放った。だが、それは摩伽の問いの答えにはなっていない。
「『今』である理由を訊いておるのだ!」
摩伽は吼えた。須羅の二刀を受け、三刀が激しく刃鳴りする。
「では、教えてやろう……!」
不敵な笑みで答える須羅の足元から、火の粉が螺旋状に舞い上がり、烟った。ぶつかった三刀からも火花と雷光が迸り、辺りの床が剥がれて飛び散る。
「須彌山の再生は、頃合いを違(たが)えば成らぬ……! 即ち、今が『その時』なのだ……!」
「…………!」
膠着状態で聞く返答が、摩伽の脳裏に何かを思い起こさせた。大切な何かを忘れている感覚を。
(何だ……? おれは何を忘れている……? 思い出さねばならない、大切なことがある気がする……)
その隙を須羅は見逃さなかった。
「気を抜くとは余裕だな!」
鍔迫り合いを制して大剣を弾くと、摩伽の頭上を超えて背後を取る。
「これで終わりぞ!」
「させぬ……!」
振り向きざま、摩伽は水平に大剣を走らせた。身を屈めて掻い潜った須羅は、自身の進行方向に二刀を水平に走らせる。
「…………っ!」
摩伽の衣が裂け、焦げた切れ端と凍った切れ端が宙を舞った。己の背に、初めて冷たいものが伝う感覚を味わう。
(危ないところだった)
だが、間一髪、薄衣一枚で躱した──つもりでいた摩伽の額を、熱さと冷たさの感触が同時に通り抜けた。
「…………!?」
額に在る第三の眼(まなこ)、その閉じられた瞼。
滲み出た血がそこに流れ込んだ瞬間、須羅の左手に握られた月光刀が己を掠めたのだと知った。固く閉ざされていた眼が、突然の血の侵入によって目覚め、半ばまで開きかかる。
「ようやく、目を覚ましたようだな」
開きかけた半眼に須羅の声は楽しげだったが、第三の眼を通し、城外の光景を視た摩伽は驚愕した。
(月も日も翳ったままだと……!?)
須羅の焔があればこそ周囲は照らされているが、それがなければ闇に閉ざされているに違いなかった。
「どう言うことだ……!」
須羅を睨み付ける。
「どう言うこと、とは……?」
恍(とぼ)けているのか、摩伽の出方を窺っているのか、須羅は感情のない面(おもて)で問い返した。
「ふざけるな! この須彌山の状況を何とすると訊いておるのだ!」
「ふ……」
「何が可笑しい!」
須羅から立ち昇る火の粉のように、摩伽の足元からは雷火が弾け出した。知らず知らずのうちに、怒りの感情に優位を取られつつあることに、摩伽は気づいていない。
「先刻、言うたであろうが……『今』でなくてはならぬ、と。今、万事、整えねば新たな須彌山は成らぬ」
「整える、だと? それが、おれが須彌山を破壊することが、整えること、だと言うのか……?」
「わかっているではないか」
須羅が月光刀に付いた摩伽の血を払う。
「言うたであろう? 考えている余裕などないのだと……もう、一刻の猶予もない……お前が、須彌山を生まれ変わらせたいのなら、な」
爆発しそうな心を抑え、摩伽は顳顬(こめかみ)に血管を浮き出させた。
「……刻限は……?」
「日と月が翳っている間(ま)」
「翳りが終わる時、何が……むっ!?」
摩伽の問い掛けが終わる前に、城がかつてないほど大きく揺れた。ここしばらくの揺れとは、明らかに規模が違う。
「崩れる……!」
足を取られそうになりながらも、二人は技を放って崩落して来る壁を周囲に散らした。火の粉と雷火、そして土埃が一面に烟る。
「一体、これは……!」
困惑を隠せない摩伽とは逆に、須羅の表情に驚きはなかった。
「須羅、何が起きている……!? 今! この須彌山に! ……日と月が姿を現す時、何があるのだ!」
答えには一瞬の間があった。螺旋状の火の粉を纏いながら、乱れた須羅の髪の毛がはためく。
「覚醒(めざ)めるのだ……直に……」
「何?」
「弥勒(みろく)がな……」
「何だと……!?」
互いの力が嵐のように渦巻く中、摩伽は呆然と立ち尽くした。
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