〘異聞2021夏〙Course de manger d'Anpan
北天の星への延長線上、のどこかにある共立競技場。
東京ドームのおよそ1,080,000個分(仏話か)の広さのそこで400年に一度、全神話民による競技会が行なわれる。
そして、今、まさに、今回の競技会最後の種目が白熱しているところであった。
✱
「き……きっつー……」
「エグいわぁ、これ……」
「誰が考えたんや……」
「いや、おめさん賛成してたがね……」
競技場の宙には、力なくグチりながらヘロヘロ飛ぶ神々(and 飛行能力を有する半神)。と、ワリと元気なカラスさんたち。カラスさんからは紐状のもので何かが吊り下げられており、軌道を変えるたび、右に左に激しく揺れている。
そう、これはいわゆる……
Course de manger d'Anpan!
‘Anpan’とは(強いて言うなら)‘de la pâte de haricots sucrée’(現在フランス人の方もこうとしか言いようがないらしい)──つまり、
エンペァーン!
……である。
『あんパン』も『うまみ』同様、もう世界共通語で良くないか、と思う今日この頃だが、要は、
エンペァーン食い競走!
まあ、走らず飛んでるので、正確には『あんパン食い競争』かも知れない。
──事の起こりはこうである。
*
時は少し遡り、種目選択の協議中。
目新しい競技も粗方やり尽くし、各神話から代表で集まった競技委員会たちはまさに万策尽きて悩んでいた。(大げさやん)
あきらめかけたその時である。
「……これじゃ……!」
話し合いをしり目に、設置されたモニター(※注) をぼんやり眺めていたエジプト責任者ラーがつぶやいた。今回の競技会、議長はエジプト神話の番なのだ。
※注)『モニター』とは地球のありとあらゆる場所、物が見れるご都合アイテム。
画面に映っているのは何かをくわえて走る男──。
そう『ニッポン』という国の『名ドラマ傑作選~リバイバル劇場』枠で放送されている某・有名刑事ドラマの再放送で張り込み中に軽食を食べていた刑事が容疑者を追いかけて車から飛び出したシーンだ。
刑事たちがくわえていたのは、ニッポンがセカイに誇る(?)パンの王者『あんパン』なのだった。
「あんパン食い競走じゃ! 此度の新競技はこれしかあるまいて!」
拳を握るラー。
「いや、あんパン食い競走とか、彼の国でもとっくのとうにブームなんか去って久しいですから」
「第一、走ってジャンプしてあんパンを取るなんて目新しさのカケラもないじゃん?」
「あんパンである必要はありますのんか」
身も蓋も何もない反論に、ラーはキラリと目を光らせた。
「誰が人間たちと同じルールでやると言うた? 飛行能力がある者も多い我らがそんな競技をして何になる。紐をつけたあんパンをカラスたちに括りつけて飛ばすんじゃ。皆はそれを追いかけ、口であんパンを掴まえる! 決してそれ以外の方法であんパンを取ってはならぬのがルール! 流行とは20~30年で巡るもので、今、我らにはその波が来ておるのじゃ! これぞ、真・あんパン食い競争!」
「初登場から真打ちみたいになっとるな」
しきりに『あんパン』を力説するラーに唖然とする面々。
『400年スパンの競技会にニンゲン界のサイクル持ち込むんすか』
『いや、そもそも発音もルールもあんパン食い競走まんまですやん』
と誰もが思ったものの、協議に疲れて(飽きて)来ていた面々は渋い顔ながら何も言い出さない。とは言え、手放しで賛成もしにくい。
「……しばし待たれよ、議長」
低い声を発し、静かに立ち上がったのは北欧責任者オーディンであった。眉間には深いシワが何本も刻まれてコイル巻きのようになっており、物申したいことはわかる。
「ひとつ確認しておきたいのだが……」
「何なりと」
ただよう緊迫感に、周囲が固唾を飲む。
「その競技を行なった場合……」
「行なった場合……?」
「見事、奪取したあんパンは、当然、競技者本神(ほんにん)が食して良いのでしょうな?」
「無論じゃ」
ラーとオーディン以外の全員がずっこけた。だが、厳しい表情で睨み合う二神(ふたり)の間に、誰一神(だれひとり)割り込みをかけることなど出来ない。
「……良かろう。私は議長の提案に賛成だ」
(賛成するんかーーーい!)
脳内でツッコミはしたものの議長の発言権は強く、あれだけの時間を費やしながらあっさりと『あんパン食い競争』に決定したのであった。
*
「……いや、もうムリだ……」
皆がヘロヘロとあんパンを追いかけていた時、笛が鳴った。競技終了の合図だと気づき、全員が安堵に泣いた。
「お、終わった……!」
「こんなにしんどい競技初めてですわ」
俊足を誇るアトランタが文字通り宙を駆けても、アフラ・マズダが知恵をしぼって捕獲しようとしても、クーフーリンが得意の鮭跳躍であんパンに特攻してもダメだった。
結果として、誰一神(だれひとり)あんパンを手に入れることは出来なかった。(正確には口に入れることが出来なかった)
たかだかカラスが吊るしたあんパンを取るだけと高を括っていた面々は、口だけでフライングあんパンを取ることの難易度の高さに気づき、愕然とした。また、日頃、扱使われていたカラスさんたちが、ここぞとばかりに縦横無尽に飛び回ったこともハードルを爆上げした。
応援する方もされる方もヘトヘト状態になる激しさである。(何が)
「ふーむ。まさかまさかの勝者なしとは……しかし、まあ、これも仕方あるまい。勝負とはそういうもの……ここはひとつ、締めとして皆であんパンを食そうではないか!」
幹事長であるゼウスの言葉に会場が湧いた。皆が抱き合い、互いの健闘を讃え合い、あんパンをかじりながら泣いた。会場には『アン○ンマンのテーマ』が流れ、肩を組んで歌った。
泣きながら食べたあんパンは、甘さの中に少ししょっぱさが混じる味で、その味わい深さは思い出に残るものとなった。(元々アンコには塩入ってんねんけど)
この瞬間、全神話は諍いもライバル心も忘れてひとつになった。
今ここに、あんパンから新たな神話が生まれたのだった。
*
余談ではあるが、カラスが吊り下げていたあんぱんのいくつかは紐が切れて宙に放り出された。
ほとんどは成層圏で焼きあんパンになって焦げあんパンになって消し炭になって燃え尽きたが、いくつかが時の歪みに入り込んでしまった。時を司る神クロノスが応援に夢中になって任務をド忘れしたため、時間軸がブレて空いてしまった隙間に巻き込まれてしまったのだ。
(ちなみにクロノスは時間を操れるため競技への出場は却下されていた)
それが『ニッポン』のある時代・ある場所にも到達していた。
そのうちのひとつは、1874年(明治7年)の木○屋(現・木○屋○本店)創業者・木村○兵衛とその次男の木村○三郎の元に、もうひとつが1896年(明治29年)の札幌○学校の校長室に現れたことは、ここだけの話である。
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