〘お題de神話〙 ずっと、ここにいて
『永の別れにしたくなかったのだ』
✵
その村を訪れたのは先祖の供養をするためだった。調べてみたいことがあり、この機会にと両親の代わりに私が出向いたのだ。
きっかけは数年前に亡くなった曾祖母が遺した言葉だった。
『お前の姉ちゃんは童神になったんよ』
私には姉はおらず、意味する所は両親にもわからなかった。当時存命だった祖父にすら。
だが、最期までしっかりしていた曾祖母の言葉である。
私は記録を調べに村役場を訪ねた。
職員の話では、この辺り一帯は昔から何度も冷害や寒波に見舞われたと言う。中でも曾祖母が若い時分に起きた冷害は未曾有の規模で、流出した住人や多数の死者が入り混じり、未整備の戸籍が相当曖昧になってしまったそうだ。
「ああ、当時のことを辛うじて知ってる人がおるから、何なら訊いてみたらええ」
紹介されたのは当時の記憶を残す老婦人だった。訪ねると、おばあさんは私が名乗る前に「トクジちゃんに似とるなぁ」と微笑んだ。確かに祖父の名は『徳治』と言った。
「祖父をご存知なんですか?」
「知っとるとも。あの子の子守りしてたんは私だからの」
(この人なら知っているかも……!)
私は役場で聞いた話も含め、事の経緯を話した。曾祖母の遺した言葉の意味を探しているのだと。
「そうかぁ……」
鉄瓶を掛けた囲炉裏に薪を焼べ、おばあさんは静かに話し出した。
「座敷童を知っとるかの?」
「聞いたことはあります。子供の姿をした妖怪ですよね」
「……色んな説があっての。この辺りでは、幼くして命を落とした子は『童神』になる言われとるんよ」
「童神……」
──主に凍死した子供を神様として家の奥座敷に祀るのだと言う。これは冷害による飢饉が起きた年の冬、また大寒波が発生した冬に多かったことから来ているらしい。
「年によっては本当にひもじくて寒くて、家ん中、家族で抱き合って寝てたなぁ。そんでも朝になると冷たくなってる子ぉがおってな……不憫に思う親心が、家を守る神様としてでも傍に置きたかったんだろなぁ」
それは、子供を悼む親心の切なさが生んだ哀しくも優しい考え方だったのだろう。
「トクジの姉ちゃんもそんな一人でな。当時役場は遠過ぎて、何の届けも出せないでいるうちに3歳かそこらで逝ってしまったな」
「祖父に姉が……」
恐らく祖父も聞かされていなかったのだろう。
今際の際、曾祖母は私の中に昔の祖父の姿を見、戸籍にも載せられないまま喪った娘を想ったに違いない。
✵
岩手県の南部地方で有名な座敷わらし。
こちらの言い伝えも各種取り揃えられているようです。
妖怪だったり神様だったりするし、イタズラするとか幸せになるとか機嫌を損ねると不幸になるとかエトセトラエトセトラ……。
本だかマンガだったか既に記憶が定かではありませんが、南部曲り家の話、家の中でさえ凍死するほどの寒さに見舞われて命を落とした子供を悼み、祀った話に特化したストーリー(だったと思う……)を昔々読んだ記憶があるようなないような、それを題材として頂戴しました。危険なうろ覚え記憶頼り。
独特のL字型に建てられた曲がり屋。
確か生活に欠かせなかった馬は家族と同様に大切な存在で、だからこそ同じ屋根の下で暮らしていた、というような説明だったと記憶しています。
そして、L字型の繋ぎ目の場所に作られた部屋を開かずの間とし、そこに亡くなった子供を祀っていた、とも読んだ気がします。(うろ覚えの連続)
たびたびの飢饉に見舞われた時代(実際には平成の時代にも凶作による飢饉はあった)、生きるか死ぬかの瀬戸際で売られて行った子供も同様に多かったのでしょう。
ちなみに『私』が語っている時代は昭和後期を、ひいばあちゃんが遭遇した冷害は明治38年の大凶作をイメージしております。
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