〘異聞・阿修羅王/結1〙真の力
※異聞・阿修羅王32 の次話ですが、時系列的には 序1・序2 の続きになります。
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右手に持つは日を司る日輪刀。
左手に持つは月を司る月光刀。
左右に腕を大きく広げた阿修羅王──須羅(しゅり)独特の構え。
その不思議なまでの美しさ、艶やかさに、これまで幾度となく見て来たインドラ──摩伽(まか)でさえ、思わず心の中で唸った。同時に、今までの闘いの折にはなかった空気に、自らも身震いするような緊張を覚える。
「……っ……!」
大剣を大きく振りかぶり、まずは摩伽が斬り込んだ。
初手は避けると踏んだところで、だが須羅はまともにその大剣を受けた。しかも、受けたままの態勢から腕を左右に薙ぎ払う。
金属音が耳を突き、火花が目を射った。
(む……これまでとは速さも重みも格段に違う……!)
その感覚は、摩伽に懐かしい記憶を呼び起こさせた。初めて出逢った日に喰らった一撃を。
「やるな」
口角を緩め、摩伽が大剣を下段に構えた。刀身が音を立てて雷光を纏い、閃光する様を、須羅の瑠璃色の眼(まなこ)はただ映している。
「参る……」
言ったが早いか、須羅は無造作に斬り込んだ。
摩伽は余裕の体で二刀を捌き、飛び退いて距離を取った。だが、その衣は前身頃が斜め十字型に裂けており、切られた箇所は微かに燻っている。
「そうこなくては面白くない……!」
再び、摩伽が斬り込むが、焔を纏った日輪刀と光を纏った月光刀が大剣を弾いた。舞うように二刀を振るう須羅に、迂闊に間合いを詰められず、受け流しながら後退する。
(まるで本当に腕が六本あるようだな……!)
弾ける雷光が、尾を引く焔が、ぶつかり合うたびに絶え間なく飛び散った。衝撃が周囲の壁や床を剥がし、容赦なく焦がしてゆく。
「これ程の力……! これまで何故(なにゆえ)出さずにいた……!」
「言うたであろう……! あれは私であって私でないと……!」
不満げに問う摩伽に対し、返答は欲するものにはなっていなかった。しかも、須羅の攻撃はそこからさらに縦横無尽に転ずる。
(む……! 鬼神の面(おもて)に変化(へんげ)した折より速いではないか! いや、それだけでなく、一撃が重い……!)
時に攻め、時に凌ぎながら、摩伽はまるで二人で剣舞を合わせているかのような錯覚に囚われた。これまでの手合わせで感じて来た高揚感とは全く別の、何か不思議な感覚が己を支配しているようにすら。
(この感覚……! これこそ、おれが求めていたもの……!)
他が介入する暇(いとま)もないほど二人の攻防は絶え間なく、流れるように続いた。
「お前の力、この程度ではあるまい! 真の力、出してみせよ!」
言ったと同時に須羅から放たれた一閃が、摩伽の頭部に巻かれていた布(きぬ)を斬り裂いた。左右に割れた布と隠れていた長い髪が、はらりとこぼれ落ちる。
「言いおるわ!」
返す摩伽の一撃が、今度は怒涛のように須羅の衣を掠めた。
「……っ……!」
ぶつかり合った刃(やいば)から放出する二人の力が、乱気流のように室内を渦巻き、上昇してゆく。
「このおれに本気を出せなどと面映ゆい……! 乾闥婆(けんだっぱ)も言うておったが、お前は一体、何を企んでおる……!?」
「ふ……知ったことではない。そんなことを言うていられるのも今のうちぞ……乾闥婆に何を吹き込まれた知らぬが、後悔致すなよ……!」
「たわけ……! このおれを誰と思うておる……! お前如きに本気など不要ぞ……!」
摩伽の大剣から電撃が生じると、呼応したように、須羅の足元からは火の粉が螺旋状に立ち昇り始めた。
「おれが真の力を出すとは、城を崩落させるのみならず、須彌山全土を破壊する行為ぞ!」
叫んだ摩伽が、須羅の二刀を崩そうと大剣を押し込んだ。
「その通りだ!」
「…………!?」
摩伽の攻撃を、下方にしゃがみ込みながら受け流し、須羅が地を蹴る反動で押し返す。
「そうしてもらおう!」
「何っ……!?」
須羅の返事に驚き、その一瞬の隙に摩伽の大剣は弾かれた。
「この須彌山、お前の手で完膚なきまでに破壊し、消し去ってもらうぞ!」
攻撃の暇を掴めぬものの、間一髪、切っ先をかわし、摩伽は須羅の間合いから距離を取る。
「今、何と申した……!?」
驚きより、別の感情が遥かに上回っていた。血走った眼を見開き、血管が浮き出した摩伽の相──それは、まさしく憤怒を顕にしている。
だが、目に映るのは、何の感情も示さず、氷のように冴え冴えとした眼だった。呼吸(いき)を整え、己を抑えようとする摩伽を、悠然と見返している。
「何度でも言うてやる。お前には、この須彌山を破壊してもらう……!」
さすがの摩伽も、しばし声が出なかった。正確には、言葉が出なかったのであるが。
「……貴様……! 己が何を言うているか、わかっておるのか……! よもや、この天の、真の裏切り者となるつもりか……!」
怒りに震える摩伽を嘲笑うように、須羅は美しい唇の端を上げた。
「何を言う。私は裏切り者になどならぬ。そもそも、手前勝手に我が一族の者を裏切り者とさせたお前に、一体、何が言えようか……!」
ギシリと、柄を握り直す鈍い音がする。
「……片腹痛いわ……!」
言い終わるや否や、須羅は打ち込んだ。
「では、訊く……! 何故、お前はこの須彌山を破壊しようとする!?」
大振りの一撃を避けて飛び退いた須羅は、悪鬼の如く艶やかで、尚且つ、闘神に相応しい不敵な笑みを浮かべた。
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