心が疲弊したことにより、無駄な争いに巻き込まれなくなった

こんにちは、ゆークン後輩です。

みなさん毎日イキイキと生きていますか?

元気な人もいれば、そうじゃない人もいますよね。
僕はずっと元気じゃないです。
今まで生きてきた中で楽しいことを思い出すことの方が難しいくらいです。

でも実際心が疲れて、常に孤独感と虚無感に襲われ、人との関わりも避ける様になってから必然的に争いに巻き込まれなくなりました。

僕自身も過去に人のことをバカにしたり、失敗した人を笑ったりしたことがあります。
でもいざ自分が辛い状況で失敗続きになると、他人をバカにするほどのエネルギーはありません。
それと同時に、「過去に他人をバカにした自分は本当に愚かだ」という風に自分にとても嫌気がさしました。

生まれてから他人を全く傷つけたことがない人はいないと思います。
こちら側が傷つけるつもりは無くても相手は傷ついている場合があります。
僕みたいに、傷ついて辛いけど怖くて相談すら出来ない様な人もいます。

でもやっぱり行き着くところは
自分がされて嫌なことは他人にしちゃいけないんです。
まずはそこからなんです。
バカにされるのが嫌で辛いなら、絶対に自分は他人をバカにしないこと。

でも人間って本当に弱いんですよね。
自分がされて辛かったことを、他人に同じことをして無かったことにしてしまうんです。
「辛かった」とか、「悲しかった」とか負の感情に目を向けたくないから
プラマイゼロにするために他人を攻撃します。
そっちの方が楽で自分のメンタルを保つことが出来ます。

「楽でメンタル保てるならいいじゃん!」というわけにはいきません。
他人を傷つけていることに気が付けないということは信用が失われ、
一周回って自分が一番傷ついてしまうんです。
自分のメンタルを保てる度に他人が傷つくなんて残酷じゃないですか。
もし僕が相手のメンタルを保つための道具にされたら、その人からは真っ先に逃げます。

心が疲弊してる時、それを解消したいという欲が出てきて何かアクションを起こそうとします。
そんな不安定な時に何かしようとするのはとてもリスクがあることです。
まず大事なのは、「自分の心が疲弊している」という事実を認めるところからです。
そうすると、同じ様に心が疲弊している人に対して優しくなれます。

心が疲弊している人の気持ちが分かる人は「心が疲弊している」ではありません。
正確には「心が疲弊していることを認めて、乗り越えようとしている人
だと思います。

世の中には辛い状況なのにも関わらず「そんなことない」と強がる人もたくさんいます。
そんな人は自分が傷を追っている事実から目を背け、その傷を無かったことにするために他人を傷つけるんです。

辛い自分、傷ついた自分を本当に救えるのは
認めてあげられる自分しかいないのかもしれません。

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