【シジョウノセカイ】《日常》⑦
【7、ヨンシー】
ヨンシーはいつでも優しい言葉を人にかける人間ではない。
ご飯を食べても感想を言わないし、おいしいかどうか聞けば「普通」だの「まぁまぁ」だの、挙げ句の果てには「食べてるんだからいいでしょ」と言って終わる。
テレビを見ている時も映った芸能人などをルファラたちが「かわいい」や「かっこいい」などと騒いでいるとすかさず「かわいくない」「性格悪そう」など他人が嫌な気持ちになるようなことばかりを言う。
ヨンシーはそんな人間だ。
しかし、それが本心からくる言葉じゃないことをルファラは知っている。
一度ルファラは聞いてみたことがある。何故そんなに他人が嫌がることばかり言うのかと。答えは「別に、どうだっていいでしょ」だった。
では、とルファラが「逆にどんな人が好きなの?」と聞くと少し驚いた顔をしたがすぐにプイと目を逸らし、「いつかいなくなるものを好きになったって意味ないでしょ」と答えた。
とても寂しい答えだった。
ヨンシーは不老不死である。少年時代にある凄惨な災害に遭い、その時起こった事が原因で、少年の姿のまま不老不死になってしまった。
それ以来ずっと独りで生きてきた。たくさんの生物と出会い、そして別れを経験してきた。
出会うたびいつか来る別れを考え、心を許せば許すほどその別れの悲しみは大きくなる。それをずっと繰り返してきた。今までずっと、そしてこれから先もずっと。何十年、何百年、何千年と続いていく。
そんな寂しい、悲しい人生を生きていくのだ。
そのためヨンシーはほとんど誰かに気を許したりしない。
しかし、それでも時々とても優しい言葉をこぼす時がある。
前にルファラがヨンシーたちの家に遊びに行き、持っていったケーキを一緒に食べていた時だった。その日も毎度のようにルファラが「おいしい?」と聞くと「まぁまぁ」と返していた。ルファラがちぇっと思いため息ついていると、ぼそっと「君の持ってくるお菓子はいつだっておいしいよ」と呟いた。
ルファラが初めて聞くヨンシーの素直な感想だった。
ルファラが驚いてヨンシーを見た時には、すでに何事もなかったかのように黙々とケーキを頬張っていた。
このようなこともあった。
ルファラは普段モノトーンの服を着る。できるだけ青い肌を見せないようどれだけ暑い夏でも長袖長ズボンを着、帽子を被り、手袋をつけ、サングラスとマスクをしてから外に出る。それだけ肌の色がコンプレックスであり、それを隠そうといつも必死であった。それでも時には運悪く他人に肌を見られ、暴言を吐かれることもある。今日のように。
その日は、ルファラのことをいたく気に入った女の子が、ルファラを遊びに誘おうと手を掴んだその時、手袋が外れて青い手があらわになってしまった。女の子は大層驚き、叫び声を上げた。その声に大人たちが集まりルファラの手に気付くと、口々に気味が悪い化け物だと罵られた。
女の子は母親であろう女性の陰に隠れ、怯えた顔でルファラを見ていた。
仲良くなった子からの突然の裏切りにルファラの心は酷く傷付けられた。そして落ちた手袋も拾わずルファラはその場から勢いよく逃げ出し、街角の隅にまで走っていった。そこで座り込み、ただただ泣いた。
すると、そこにヨンシーが現れた。ヨンシーはルファラの正面に座ると「見る目がないね」と言って頭を抱えている、手袋が外れたままの青い手を取って、そっと両手で握った。
「君の肌の色は君の魅力の一つなのにね」
優しい言葉。普段のヨンシーなら口にしないであろう言葉が、ルファラを優しく包み込む。
ルファラは知っている。ヨンシーは普段本心を隠して、のらりくらりとしながら本音を言わない。しかし、本当に大事なことは必ず嘘をつかないことを。そして、ヨンシーが本当は誰かと温もりを分かち合いたいと思っていることを。今、ヨンシーは自分とその温もりを分かち合おうとしていることを。それは、いつだって意地悪で、捻くれていて、無愛想なヨンシーからのわかりづらい信頼の証。だからこそ、ルファラはヨンシーの言葉をいつだって信じられた。どんなにユダチやスカイやアイラが、ルファラを大切に想って言葉をかけてくれても、ヨンシーの言葉ほど響くことはなかった。
正直、未だにヨンシーという男がどういった人間なのかルファラはわかっていない。不老不死であること、他人に何の期待もしていないこと、実は甘いものが大好きで甘いお菓子を持っていくと少しだけ目が輝くこと、卵料理も好きでオムライスを作るとすごい勢いで完食しておかわりを要求してくること。それがルファラの中のヨンシーという人間の全てだ。
ヨンシーが気を許す相手は数少ない。なのに何故、他人と距離を取ろうとしているにも関わらず自分に優しくしてくれるのか、何がヨンシーの心を動かしたのか、ルファラには何もわからない。
それでもこれだけは言える。ルファラはそんなヨンシーのことが好きだ。未だに何を考えているかわからなくても、それが怖くてつい身構えてしまっても、それでもなお変わらず、ただそこにいて自分を受け入れてくれるヨンシーが、ルファラは好きだ。時に厳しく、時に優しく、大事なことは本音で語ってくれる大切な友人。だからこそルファラは言える。弱音を、本心を。ヨンシーの前では思いっきりルファラは泣ける。それがルファラからヨンシーへ贈る信頼の証。
この気持ちがヨンシーに伝わっているかどうかはルファラにはわからない。しかし、きっと伝わっている。そう思えてならなかった。だから今度こそ言おう。言えなかった「ありがとう」を。
【7、ヨンシー】おわり 裕己
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