【シジョウノセカイ】《日常》⑤
【5、無力】
「あら、そろそろ花火の時間じゃない?」
「えっ!?本当!?」
「えぇ、もうすぐ8時になるからそろそろ移動したほうがいいわね。」
「じゃあ、早く場所取りしないとね!…ってあれ?みんなは?」
「えっ?」
2人が後ろを振り返ると、そこには知らない顔ばかりで他の 3人の姿は見えなかった。
「あれぇ!?何よもう!!はぐれないでって言ったのスカイの方じゃない!!」
いや、あたしたちが勝手にはぐれたんでしょ、と思いながらルファラは額に手を置く。その横でアイラはぷんすかと怒っていた。
「もうっ!しょうがないな!!どうする?迎えにいく?」
「ううん、すれ違いになっちゃうかもだし、まずは場所取りして、それから携帯に電話したらいいんじゃない?」
「それもそうだね!じゃあ、いいとこ確保しに行こ!まだ空いてるかなぁ…」
「どうだろ、難しいかもね…」
「うーん、でもいいや!」
「うん?何が?」
「わたし、みんなと一緒に花火見られるならどこでもいい!」
「…!そうだね!あたしもそう思う!」
2人は笑った。そして花火を見る場所を決めようと移動し始めた。
そこに、前からガラの悪そうな男女が現れた。その手には屋台で買ったのだろうビールの缶が握られていた。
「…っ!」
ルファラはすぐさま身構えた。経験上ああいう輩がルファラに対して攻撃的になるのを知っている。ぎゅっとアイラの手を握り、少しでも視界に入らないように場所を移動しようと引っ張った。
「どうしたの?」
が、空気の読めないアイラがルファラに声を掛けた。その声で輩たちがルファラたちの存在に気付いてしまった。
「あぁ?なんだ、こいつ!?おい見ろよ!!こいつ青いぜ!?」
「はぁ?うわっ!!マジじゃん!!」
「えぇー!!何それ、キモっ!!」
「…っ!!」
輩たちが次々とルファラとアイラを取り囲んでいく。
「ちょっと!!なんなんですかあなたたち!!」
アイラが一歩前に出てルファラを庇うように立つ。
「他人には言って良いことと悪いことがあるって学校の先生に習わなかったんですか!?」
「あぁ!?なんだこのクソガキ!!舐めたこと言ってっとぶっ殺すぞ!!」
男がアイラを鋭く睨みつけながらずいっと前に出てきた。それを見たアイラが少し怯む。その様子に危機感を覚え、ルファラはアイラを自身の後ろに隠し前に立った。
「す、すみません。よく言って聞かせますので…!」
「な、なんでルファラが謝るの!?悪いのはあの人たちの方でしょ!?」
「しっ!!いいから…!!」
「なんだとゴラァ!!おいガキィ!!さっさと前出てこい!!」
男がアイラをルファラの後ろから引っ張り出そうと頭を掴みにかかった。それを必死で阻止するルファラともはや完全に怯え切っているアイラ。
いつもならアイラが前に出て相手を一喝すれば、大抵の人間はそこで退散していた。時にはアイラに対しても暴言を吐く輩もいたが、アイラには何の意味も介さなかった。堂々と、ルファラも自分も化け物ではないと言い切り胸を張っていた。ルファラが気にして自分を庇わなくてもいい、アイラに迷惑をかけたくない、と言い出した時には、アイラはとてつもなく怒った。わたしはルファラのことが大好きだから戦っているのだ、と。
だから今回も同じように、大切な大好きなルファラが傷付けられようとしているのを見過ごすわけもなく、真っ向から勝負しようとしたのだ。
しかし今回の様子はあまりにも違っていた。暴言どころかこちらを暴力をもって攻撃してこようとしている。普段あまり空気の読めないアイラでも、今の異様な空気と自身に危険が迫っていることをひしひしと感じ取っていた。
「やめてください!!やめてください!!」
ルファラは必死に抵抗し、アイラを守った。
そこに、輩の中の1人の女が声をかけてきた。
「そうだよやめなよぉ、そんなキモいやつに触んの。」
「あ!?」
ピタッと男の動きが止まり、女の方を見た。
「そうだよ!青いの移るかもよ!!」
「えぇ!?マジィ!?マジキモいんですけどぉ!!」
「うわっ!!マジかよ!!」
男がガバッとルファラから飛び退いた。そしてルファラの体に触っていたところをバンバンと勢いよく払っている。
女たちはキモいキモいと言いながらルファラを指差し笑っている。
他の男たちも口々に気持ち悪りぃ汚ねぇなどと暴言を吐いている。
ルファラ「…っ!!」
ルファラに謂れもない暴言が降り注ぐ。ルファラは泣きそうな顔でぶるぶると唇を振るわせていた。
「おい、なんとか言えよ化け物!!」
「…っ!!!」
輩たちはヒートアップしさらに暴言のみならず辺りに落ちている石まで投げつけてきた。辺りにいる人間はただ傍観するか通り過ぎるか、コソコソとルファラを指さしながら眉を顰めている。もはやルファラは顔を上げることさえもできないでいた。
「なんとか言えって言ってんだろーがよ!!」
男がビール缶をルファラに投げつけると、缶はルファラに当たり、中に入った液体がルファラの浴衣にかかった。
「てめぇーー!!!何しやがったぁーー!!!」
突然スカイの怒号が飛んでくた。やっと2人に追いついたスカイは、丁度ビールが投げつけられる瞬間を見ていたのだ。
スカイの目は血走り、今にも男たちを殺さんとばかりの勢いでズンズンと近寄ってくる。その後ろからユダチが走ってきて、ガバリとスカイを羽交締めにした。
「落ち着けスカイ!!!」
「ふっざけんな!!!これが落ち着いていられる状況か!!?全員ぶっ殺してやる!!!」
「今のお前はマジで殺しかねないから止めてんだろうがよ!!!いいから落ち着け!!!」
「離せよっ!!!離せっ!!!」
「ダメだっつってんだろ!!!」
あまりの剣幕にそこにいた全員が固まり動けなくなった。しかし、正気を取り戻した輩たちが自身に危険が迫っていることを悟り、その場から退散しようとすると、それに気付いたユダチが輩たちを縛り付けるように睨み叫んだ。
「てめぇらぁ!!!逃げんじゃねぇー!!!逃げたらこいつに代わって地獄の底まで追いかけてって、このオレが絶対ぇてめぇら全員ぶっ殺す!!!冗談言ってんじゃねぇーぞ、マジだかんな!!!殺されたくなかったらそこで大人しく突っ立って待ってろ!!!!」
輩たちはユダチの言葉に、ただ頷くことしかできなかった。
「……っ!!!」
「あっ、待って!!ルファラ!!!」
ルファラはアイラを置いて走り出した。とっくの昔に限界を超えていたのだ。ただ必死にアイラを守らなくてはという思いだけがその場に踏み止まらせていただけだった。だがスカイたちが来たことで緊張の糸が切れ、ついに耐えきれなくなったのだ。
走り去るルファラの目には涙があふれていた。
「ルファラ!!待て、ルファラ!!!」
スカイはユダチの隙を突いて腕を振り解き、ルファラを追いかける。その後ろをアイラも続こうとした。
「待てアイラ!!お前は行っちゃダメだ!!」
「な、なんで!!?だってルファラが!!」
「ルファラはスカイに任せておけ。お前が追いかけても追いつけねぇから。な?」
「……」
アイラは涙目になりながら俯く。それをユダチがしゃがみ込んでそっと頭を撫でてやる。
「よく頑張ったな。きっとお前のことだ。ルファラを守ろうとしたんだろ?」
ガバリとアイラが顔を上げる。目からはすでにぼろぼろと涙があふれていた。
「でも、でも!!ルファラ行っちゃった!!わたし、何にもしてあげられなかった!!」
アイラはわんわんと泣いた。ユダチはそっとアイラを抱きしめた。
「大丈夫。ルファラはちゃんと帰ってくっから。安心しろ。」
アイラはなおも泣き続けた。
初めて経験した恐怖に全く太刀打ちできず、それどころか大切な人さえも守れなかったことにアイラは打ちひしがれていた。
大きな挫折。自分の無知と無力をまざまざと確かめさせられた。
アイラは大きな絶望を感じていた。ユダチはそんなアイラのことをただ優しく抱きしめた。
そんな時、携帯電話の着信音が近くで流れた。どこから聞こえるのかと思ったら、地面に落ちている巾着袋からだった。それはルファラが走って行ってしまう時に落としていった、アイラとお揃いの巾着袋だった。ユダチはその巾着袋を手に取り、中に入っている携帯電話を取り出し、発信者を確認した。
「スカイ?」
ユダチは通話ボタンを押し、携帯電話を耳に当てた。
「もしもし?」
「なっ!?なんであんたが!!?」
「悪りぃ、ルファラのやつ携帯落としてっちまった。」
「…っ!!」
「…見失っちまったか。」
「……ぐっ!!!」
電話の向こうからスカイの呻きが聞こえる。
「とにかく、一回戻ってこい。馬鹿共のこともあるし、まずは状況を整理しよう。」
「…あぁ。わかった。」
ユダチが電話を切りふぅと一息つくと、さっきの輩たちを睨みつけた。
「覚悟はできてんだろうなぁ?」
輩たちはぶるぶる震えながら、ユダチを見つめることしかできなかった。
【5、無力】おわり 裕己
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