【シジョウノセカイ】《日常》②
【2、優しさの形】
翌日午後6時。まだまだ空は明るく夏特有の蒸し蒸しとした空気が辺りを覆っている。一行は隣町の駅を降り会場に向かおうとしていたが、そこにはたくさんの人々が百鬼夜行の如く列をなしていた。ゆっくりと進むその道のりは暑さに弱いユダチにとっては地獄のような時間だった。
「あっちぃー…」
ユダチはうんざりとした声を出しながら手で顔を煽いでいる。
「すごい人混みね…」
ルファラが怯えたようにぽつりと呟いた。
「大丈夫だよ!ちゃんと一緒にいるからね!!」
不安がるルファラの手をアイラがきゅっと握る。
「あーあ、こんなにも人が多いなんて騙された気分。人酔いしちゃうよ。」
ヨンシーが抑揚のない声で言う。
「会場までどれくらいかかるんだろ。ボクもうお腹ペコペコなんだけど。」
「本当だぜ、腹減ったぁー…!」
「もうっ!しっかりしてよね、2人とも!!」
アイラが喝を入れる。が、2人には全く響かない。それを見たアイラがぷくぅっと頬を膨らましてむくれる。それら一連の流れはいつもの日常であり、とても微笑ましい光景だとルファラは思う。だが今から向かう場所は非日常の世界。たくさんの人たちでごった返すその先では、きっとルファラの姿に気付く者もいるだろう。その時自分は耐えられるだろうか、不安が大きくルファラを覆う。
「……」
「ルファラ?……大丈夫だよ。みんな味方だからね!浴衣、やっぱり買ってよかったね!」
アイラがルファラの手をぎゅっと強く握りながら言う。
「…!…うん!」
「今日はいっぱい遊ぼうね!何して遊ぶ?やっぱ射的かなぁ?金魚掬いもやりたいなぁ!」
「やるのはいいけど、金魚は持ち帰らないからね。」
ヨンシーが冷たい言葉がアイラを突き刺す。
「言われなくてもわかってるよぉ、うちで飼っちゃいけないことくらい!もう子供じゃないんだから!!」
アイラはせっかく楽しい話をしようとしていたところに水を差されて膨れっ面になり、不機嫌を隠そうともしなかった。
「飼わないんだ?」
ルファラが何の気無しにヨンシーに聞く。
「別に飼ってもいいけど、どうせすぐに飽きるでしょ。」
「飽きないもん!!ちゃんと飼えるもん!!」
「本当に?」
「本当に本当だもん!!」
「じゃあ金魚の飼い方、知ってるの?」
「うっ…!それは……で、でも、学校の図書室で調べればきっと金魚の飼い方を書いた本が見つかるよ!!」
「ふーん。で?その本は本当に学校にあるの?本当にその通りに飼えるの?その自信はどこから来るの?」
「…うぅ。」
「相手は命ある生き物なんだよ?それを君の勝手な願望によってその大切な命が失われたら、君は責任取れるの?それでも君はその金魚を飼う覚悟があるって言うの?」
「……グスッ。」
「何もそこまで言わなくても…」
アイラが泣き出したためルファラが止めに入る。
「はぁ…君もこの子のことを甘やかすの?」
「それは…」
「きちんと言わなきゃ伝わんないことだってあるんだよ。」
「そうだけど…」
「それに…」
一瞬ヨンシーが言い淀む。
「…何?」
「金魚ならまだ大丈夫だと思うけど、あのバカは動物にやたらと嫌われるから…」
「…?」
「おい、聞こえてんぞ?」
唐突に後ろからユダチの声が降ってくる。
「まったく。本当に君の耳の良さにはもはや感動すら覚えるよ。」
「誰がバカだって?誰が?」
「さーてね。別に君のことだなんて一言も言ってないけど?」
「嘘つけ!」
ユダチはバリバリと頭を掻きむしる。
「はぁ。ったくよぉ、お前ってやつは…」
「…何?なんか文句あるの?」
「お前ぇ、もうちょっと言葉選べよな?」
「……」
「言ってることは正しいかも知れねぇけど、だからって泣かすことねぇだろ?」
「泣いてないよ!!」
勢い良くアイラがユダチを見上げた。その瞳はさっきまで泣いていたのであろう、少し潤んでいる。
「おっ?本当かぁ?さっきまでグスグス言ってたと思うんだけどなぁ?」
「言ってないもん!!泣いてないもん!!」
「そうか!泣いてないのか!そら悪かったな!!」
ユダチはニカっと笑った。
「君のそういうところが甘いって言ってるんだよ。」
はぁ、とため息を吐きヨンシーがぶつりと文句を言う。
「なーに、お前がいるから大丈夫だろ?」
「……」
ヨンシーはもはや黙るしかなかった。なぜならヨンシーも同じことを考えていたからだ。ここには甘やかすやつがいる、だからこそ自分は躊躇わずアイラに厳しく接することができる。後でやつが必ずフォローするだろう。ヨンシーは信じている。そしてそれはユダチも同じなのだ。
2人はとても長い付き合いであり、お互いのことを知り尽くしているのではないかと思うほどたくさん話し、ぶつかり、喧嘩をしてきた。2人の間には絶対的な信頼関係が築き上げられている。それは誰がどうやっても崩すことのできない強固なものだった。
「……」
それを羨ましそうに憎らしそうにスカイは見つめていた。
「もうっ!全っ然着かないね!」
「こらこら、仕方ないでしょ?ちょっと距離があるんだから。」
アイラがぷんすか怒って文句を言うのをルファラが嗜める。
「むぅ…だって、みんな意地悪言うんだもん。早くお祭りに行ってぱぁーっと遊びたい!」
アイラはルファラと繋いだ反対の手を大きく振り上げる。
「別に意地悪は言ってないでしょ?」
ヨンシーが異を唱える。
「意地悪だもん!!」
「君が考えなしにものを言うから注意しただけだよ。」
「ほらぁ!!また意地悪な言い方する!ヨン君はいっつもわたしに冷たい!ヨン君は絶対わたしのこと嫌いなんだ!!」
「…なにそれ。」
ヨンシーが呆れたようなどこか傷付いたような顔をしてアイラを見つめる。
「アーイラ!」
そこへユダチが優しくアイラに声をかける。
「……っ!」
「言うこと、あるよな?」
「……」
アイラは俯いた。そしてそのままぽつりと呟く。
「……ごめんなさい、ヨン君…」
「…別にいいよ、もう。」
はぁ、とため息を吐きながらもヨンシーは言う。
「よっしゃ!仲直りだな!さ!さっさと会場向かおうぜ!」
「そうね、早く行こう。お腹減っちゃった!」
ユダチの声にルファラが賛同する。
「ね!会場に着いたら何する?やっぱ金魚掬い?あたし『しゃてき』を知らないから教えてほしいな!あとは何があるの?」
ルファラが努めて明るくアイラに話しかける。
「……お面…」
「えっ?」
「お面…買いたい…」
「お面屋さんがあるの?」
「たぶん…学校の友達が買うって言ってた…」
「いいわね!買いに行こう!」
「…本当?」
「えぇ!本当よ!」
アイラの表情がぱぁっと花が咲くように明るくなる。
「あのね!あのね!綿菓子も買いたい!」
「すてき!とっても楽しみ!」
楽しそうに笑う2人を男3人は見つめる。
「…現金なやつ。」
スカイがぽつりと呟く。
「いいじゃねーか!あいつらしくてよ!」
「……」
スカイはつまんなそうにそっぽを向いた。
祭り会場まであともう少し。さっきよりも少しだけ空が暗くなってきた。射的や金魚掬い、楽しみなことがたくさんある。きっと素敵な夜になるだろうとアイラとルファラは思っていた。
【2、優しさの形】おわり 裕己
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