【シジョウノセカイ】《日常》①
【1、夏祭りに行こう!】
日に日に増していく夏の暑さは地上を焦がすほどに焼きつけ、生きとし生けるものたちはこの地獄のような暑さを工夫に工夫を凝らし必死に耐え抜き、日々生活をしている。だがそんな暑い日常の中でもアイラはとても楽しみにしているイベントがあった。
夕飯を食べ終え、アイラを含む5人は寛いでいた。急にアイラが立ち上がると自分の部屋へ足早に入っていく。何事かと4人が見つめていると何やら背中に何かを隠してアイラは戻ってきた。そして大きく息を吸うと、
「ねぇ!これ行きたいの!」
バンっと大きな音を立てて背中に隠していた紙をテーブルに叩きつけた。
「こら!大きな音を出すな!」
洗い物をしていたユダチがアイラを嗜める。しかしそんなことは気にせずにアイラは全員の顔を見回す。
「夏祭り?」
ルファラが反応する。
「そう!隣町で大きな花火大会をやるんだって!ねっ!行こうよ、みんなで!」
「ふーん。」
ヨンシーがいかにも興味がないといった声で返事をする。
「ふーんって…行こうよ!!絶対楽しいよ!!」
「勝手に行ってくれば?」
「待て待て、そうはいかねぇだろ。子供一人で夜出歩かせる気か?しかも隣町まで。結構遠いぞ?」
ユダチがすぐさま止めに入る。
「じゃあ、一緒に行ってくれば?」
「あのなぁ…」
2人のやり取りを他所にルファラは夏祭りの案内が書かれたチラシを凝視している。それをスカイがちらりと覗き見た。
「…行きたいのか?」
「えっ!?ま、まさか!あたしこんな姿だし、無理に決まってるよ!」
ルファラは生まれつき髪の毛の先から足の先まで全身が青い。ルファラはこの青い体がとてつもなくコンプレックスだった。この体のせいでたくさんの人から忌み嫌われ、気持ち悪いだの化け物だのと罵られてきた。その都度血の繋がらないルファラを妹だと明言してくれるスカイに守られてきた。しかしその心の痛みは完全に消し去ることはできなかった。
ルファラは人前に出ることを極端に嫌がる。外に出る時は出来る限り肌を見せないように全身をモノトーンの服で包み、手袋とマスクをし帽子をかぶってとにかく人目から自身の肌を隠していた。それでも何かの拍子に肌を見られては気味悪がれ、その都度傷付いてきた。スカイもアイラもユダチももちろんヨンシーも、誰もルファラの姿を貶したり気味悪がったりしない。寧ろ「かわいいね」「素敵だね」と褒めてくれた。それが嬉しいのか恥ずかしいのか何やらこそばゆい気持ちになるのと同時に「みんなが言っても他の人は違う」と心の奥底で否定していた。
「えぇー!?行こうよ!浴衣着てさ!!」
「ん?待て、どっから浴衣の話が出た?うちにそんな小洒落たもんねぇぞ?」
「えー?買いに行こうよぉ。」
「おいおい…」
「だって、せっかくの夏祭りだよ!?それも隣町の大きな花火大会!!みんな絶対浴衣着てっるて!!」
「みんなって誰だよ。」
スカイがアイラをギロリと睨む。
「み、みんなって、みんなはみんなだよ!!学校の友達もみんな着るって言ってたもん!!」
「その学校の友達とやらは一体何人いるんだ?その友達が浴衣着るからってなんでお前も着なきゃなんないんだよ。他所は他所うちはうち。そんなことだけで買う理由になんてなんねーよ。」
「ぶぅー!ケチっ!!」
「まぁまぁ。いいじゃない、私服で行ったってさ。きっと私服の人もたくさんいるよ。」
ルファラがアイラに優しく提案した。しかしアイラはその言葉にしゅんと落ち込んでしまう。
アイラ「……だって、ルファラとお揃いの浴衣、着たかったんだもん…」
ルファラ「…!」
アイラはルファラと夏祭りに行くことを心の底から願っていた。ルファラのコンプレックスのことはアイラも重々承知している。しかしだからこそ大好きなルファラには自信を持って堂々と外に出てほしい。それが当たり前となっていろんな場所に気兼ねなく出かけられるようになって欲しい。その第一歩として自分と一緒に夏祭りを楽しんでほしいのだ。
「…ね?行こうよ。…ダメ?」
「…っ!」
「行けばいいんじゃない?」
「えっ!?」
ルファラが振り向くと、ヨンシーはテーブルの上に置いている煎餅を手に取り、ばりぼりと食べ始めていた。
「いいじゃん、行けば。アイラと一緒なら楽しいんじゃない?」
「で、でも…」
「もしなんか言われたらさ、その口に何かねじ込んでやればいいんだよ。」
「…!」
「そうだよ!そんな失礼な人、ぶっ飛ばしちゃえばいいんだよ!!」
「やめなさい、そんな物騒なこと言うのは…」
ユダチが苦い顔で嗜める。
「…アイラ?」
「あっ…!」
しまった、とアイラはすぐさま口を手で押さえる。その様子をヨンシーは冷たく睨んでいる。
「誰に似たんだか…」
スカイがユダチに聞こえるようにぼそっと呟くと、ユダチがさらに苦々しい顔でスカイを睨む。
「……行っても、いい、のかな…」
ルファラはもじもじと不安そうに、そして恥ずかしそうに呟いた。
「行こう行こう!みんなで!!」
「待って、みんなって何?なんでボクまで行くことになってるの?」
ヨンシーが異論の声を上げる。
「えー?行こうよー!」
「やだよ、勝手に行ってきて。」
「行こーよー!」
「やーだーよー!」
アイラがヨンシーの腕を引っ張り、ぐらぐらと揺らす。
「いいんじゃねーの?行こーぜ!」
ユダチの言葉にヨンシーはギロリと睨んだ。
「せっかくのことだ、行こうぜ?みんなでよ!」
「行こう行こう!!」
「待ってよ!まだ決まったわけじゃ…」
「え?いいのかぁ?屋台の飯食わなくて?」
「…屋台?」
「あぁ!うまいだろなぁ…たこ焼きに焼きそば、イカ焼きもあるよなぁ!」
「…イカ焼き!」
「なーーんだ、来ねーのかぁ。仕方ねーなぁ。じゃ、オレがお前の分まで食っといてやるよ!さぁーて、何食おっかなぁー!」
「……く。」
ヨンシーは俯き何かを呟く。
「えぇ??なんだってぇ??」
ユダチがわざとらしくヨンシーに近付き耳をそばだてる。
「行くよ!!行けばいいんでしょ!!」
「…っ!!」
ヨンシーは振り向き大きな声でユダチに言い切る。ユダチは至近距離でヨンシーの大声を聞いたため耳を塞いだ。その様子を心底呆れた目で見つめるスカイ。
「やったぁーー!!バンザーイバンザーイ!!」
「こら!大きな声を出さない!」
「うっ…」
ユダチに注意されたアイラの勢いが一気に減る。それでも心底嬉しそうににこにことしていた。皆の間に一部を除いて和やかな空気が流れる。そこに一筋の冷たい一言が落ちる。
「俺も、行くって言ってないけど?」
スカイが言葉にした瞬間空気が一気に凍る。スカイはアイラを見ながらニヤッと笑った。アイラはぽかんと口を開けたままスカイを見つめたが、表情はみるみるうちに崩れ始め今にも泣き出しそうな顔になる。そんなスカイの頭を後ろからユダチがコツンと叩いた。
「あんまいじめんなや。」
叩かれたスカイはつまんなそうに頬杖をつきそっぽを向く。
「どーせ行く気なんだろ?ルファラが行くつってんだからお前が来ないはずないもんな!」
スカイの眉間に皺がよる。スカイは重度のシスコンである。なのでルファラのやることなすことに敏感に反応し、ルファラが傷付けられようものなら徹底的にそれらを排除しようとする。過保護なのだ。しかし、ルファラの意思はいつも尊重され、ルファラはスカイに極端に縛られているとは感じたことがなかった。多少過保護とは思っているが。
「じゃあ!!」
「あぁ!行こうぜ、夏祭り!」
「やっっったぁーーーーー!!!」
「こらこら!他の部屋に響くでしょーが!!」
ユダチが耳を塞ぎながら言う。
「何回も言わせないで。」
「あ、ごめんなさい…」
ヨンシーにも注意されてアイラはやってしまったとぱっと口を両手で塞いだ。しかしすぐに何かを思い出したように口元から手を離す。
「あ!浴衣も買ってよ!ルファラも着るんだから!」
「あ、それも決定事項なんだ…」
思わずルファラが呆れた声が出す。
「うーん…」
ユダチがバリバリ頭を掻きながらちらりとスカイを見る。この家の全権を握っているのはスカイだ。スカイは今この家で寛いではいるが、実際はルファラと2人で暮らす別家庭の人間。しかしユダチたち一家は色々と問題が山積みのため、仕方なくスカイが代理で色々なことを手伝ってくれている状態なのだ。そのためスカイの了承なしに浴衣を買うことなどできない。
アイラは大きく溜息を吐くと、身を乗り出しスカイを見つめた。
「…ねぇ、スカイ?」
「……」
スカイが頬杖をついたままギロリとアイラを睨む。しかしアイラは怯むことなく言葉を続けた。
「ルファラの浴衣姿、見たくない?」
「……」
「かわいいと思うんだぁ、絶対に!見たくないのぉ?」
「ちょ、ちょっと…」
ルファラが止めに入るがアイラは構わず先を続ける。
「残念だなぁ、良い機会だと思ったんだけどなぁ。あーあ!せっかくの晴れ着なのになぁ!」
「ぷっ…」
あまりにユダチに似た口調にヨンシーが吹き出す。
「あっ!ヨン君もこのわからず屋のあんぽんたんに言ってよ!ルファラの浴衣、見たくないのって!」
「あんぽんたん!?」
スカイが頬杖をおろしアイラに勢いよく向き合う。2人が睨み合う中、ヨンシーがにやりと笑う。
「ま、興味はあるかな。」
「なっ!!ちょっ!?」
「ほらぁー!!」
「いいんじゃない?いつも黒とかグレーばっかの面白味のない服しか着てないんだから。」
スカイは苦い顔でヨンシーの顔を見つめた後、ぐるりと周りを見渡す。最後に目が合ったルファラはどこか寂しそうな、それでいてどこか期待しているような顔をしている。
「…ふぅ。」
スカイは溜息を吐くとすぅーっと鼻から息を吸う。そして吸った息を吐き出すように呟いた。
「…今回だけだぞ。」
「ぃやっったぁーーー!!!今度買いに行こうね!!絶対だよ!?絶対かわいいの買うんだからね!!?」
「わかったから、これ以上大きな声を出すな!苦情が来ちまう!」
「アイラ!」
「きゃー!」
アイラの耳のはもはや何も届いていないのか、興奮した様子でルファラに飛びつく。
「ふぅ…」
ヨンシーは苦々しい顔でアイラを見つめた。ユダチももはや自分たちの声はアイラには届かないだろうと諦めている。しかし2人の仲良さげな光景に思わず笑みがこぼれた。その微笑ましい2人にそっと近付き頭にぽんっと手を置いてやる。
「…!!」
「…!?」
ルファラが驚いてユダチを見上げる。
「よかったな!」
ユダチがニカっと笑いながら2人に言う。アイラは満面の笑みを浮かべながらユダチの方へと振り向く。
「うん!!」
それは今日一番のとてもとてもいい笑顔だった。
【1、夏祭りに行こう!】おわり 裕己
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