追憶~冷たい太陽、伸びる月~
巡る縁①
第14話2014年初秋―緑の風を追って
佐奈子の監督就任後、聖マリアンヌ女学園中等部、高等部ともに陸上部が全国大会常連校となり、年毎としごとに人間としての仕事にも追われるようになった。
過去にトビヒ族の生徒を部に受け入れたことが何度かあるが、人間との脚力の差が開かないよう管理することに比べると、事務的な作業は数が多くとも随分と簡単だ。
小体連開催期間中、佐奈子は例年通り単独で県内の大会を見て廻っていた。佐奈子の不在は学園の教師と陸上部顧問との兼任一人に任せる。
大会会場外は日常生活に、会場内では大会の進行や選手の順位を上げるのに必死な人間ばかりだ。どれほど注意深く、または遠視の人間であっても、トビヒ族とハナサキ族両方の本来の姿数体が各地の風景に紛れ込んでいることに気付かない。
この日佐奈子は県大会を終えた福岡県から、JR特急にて長崎市に戻ろうとしていた。
他の乗客には、佐奈子が席にて居眠りしているように見えたが、サングラスに隠された裸眼は両族の同胞と視界を共有していた。
長崎県大会はすでに終了していて、県内では各公私立小学校が週をずらして運動会を開催していた。
佐奈子は長年、お遊戯会の延長戦をも同胞たちに見張らせている。
九州地方最大の都市・福岡県に比べると、より閉鎖的な地域ほど幼少期に植え付けられたランクが生徒の実力よりも優先される。
成長の段階で頭角を現す存在は、発言力のある人間にほど邪魔な存在でしかない。
運動神経に限り、このランク付けはトビヒ族にとって好都合ではあるが、それも過去の常識だ。
インターネット技術の発展や携帯電話の普及化で、誰もが実人物の素性を知らないまま己の情報を公開できるご時世だ。インターネット上の情報提供者の誰もが固定化したランクを尊ぶとは限らない。
いつ東京都民と長崎県民、北海道民と沖縄県民、アメリカ人と日本人、ブラジル人と日本人、イギリス人と他大陸の国民とがインターネット上で関係を築いても何の不思議でもなくなった時代だ。
太陽系の地球人が同じ銀河系の宇宙人とTwitterで呟き合うという妄想すら、これから先なおのこと笑い飛ばせなくなる。
文明の発展が人間の世界だけで収まるなら佐奈子の、最終的にはトビヒ族長グリーン・ムーンストーンとハナサキ族長クリア・サンストーンの知る由ではない。
小さな変化すら見逃せなくなった時代だからこそ、閉鎖的な社会を無理にでも打ち破ろうとする同胞を見つけて守らなければならない。
二十年近く使命に従事しているが、佐奈子は未だに使命の終わりが見えない。
子を孕んではならない佐奈子の後継者は未だにこの世に生を受けていない。
佐奈子の亡母はトビヒ族だったので、今度はハナサキ族が母となる女を差し出す番である。
代々の混血児は実母に育てられたので、トビヒ族が子種を提供するのは容易かもしれないが、佐奈子一人が指揮を執り社会を監視しているのが現状である。
ハナサキ族は戦前から人間界と空の穴とで同胞間の連携が無駄なく取れていた。
一方でトビヒ族は人間界と杜とで同胞が孤立している。特に人型に生まれた者、その中でも最期まで覚醒しない者は血筋で大方分かれるので、人間として生涯を終えるトビヒ族が多い。
さらに家訓と教育の意向で、次第にトビヒ族であることを自覚しない子供が日本国内でも各地に散っている。
その内の一体を、本来の姿のトビヒ族が捉えた。
佐奈子の乗っているJR特急が浦上駅に着き、次の終着駅・長崎で降りる準備を始めるころだった。
明らかに走るペースを自ら落とし、息切れする振りをしている小学生女児。
それが、村雨瑚子だった。
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