今話題の「SNSの勝利」について
最近話題の兵庫県知事選挙。
当初はパワハラなどの疑惑を持たれていた斎藤元知事が、11月17日の兵庫県知事選挙で再選を果たしたとして話題に上がった。ただ、再選したということだけではなく、今回はオールドメディア対SNSというような構図での選挙になっていることも話題に上がる一つの要因と見える。
Yahooニュースでも以下のような記事が掲載されている。
Xでは以下のような投稿も見られた。
「オールドメディアは偏っていて信頼できない。なので、様々な意見があるSNSを信頼する」という論理なのだろうが、そういった人たちは本当に"様々な意見"を目にできているだろうか?
今回はそれについて少し書いてみる。
SNSのレコメンド機能
一般的なSNSやECサイトには「レコメンド機能」というものが実装されている。これはおすすめの商品(SNSでは投稿など)が自動的に表示されることで、ユーザの興味を引き行動を促すことが主な目的とされている。
そして、このレコメンド機能にはシステム単位のものとユーザ単位のものが存在する。
システム単位のものは、SNSやECサイトの中で共通して同じものをおすすめとして扱いそれをユーザに見せるというもので、万人向けする商品などを推薦するには効率が良い。というのも、この機能は開発が比較的簡単で、ユーザ単位でしっかりとデータを収集・分析していなくても開発ができる。
一方でユーザ単位のものは、ユーザごとにおすすめされる商品が異なるもので、一般にパーソナライゼーションと言われたりする。こちらはユーザへより特化した推薦ができるため効果は高いが、ユーザごとにしっかりデータを集めていないとまず開発が難しい。だが、ある程度規模のおおきなSNSやECサイトはまずこちらが実装されているだろう。
例としてYoutubeのレコメンド機能を見てみる。
下記の記事でレコメンドアルゴリズムを時系列で解説されている。
論文を見るとユーザの履歴やコンテキスト情報を利用して推論を行っていることがわかるため、ユーザが今まで見てきた動画の傾向が反映されやすいのも容易に想像ができる。
フィルターバブル
上記のようなユーザ単位のレコメンド機能は、ユーザ・企業どちらにとっても非常に有益なものであるが、一方でユーザにはいくつか弊害がある。その一つがフィルターバブルといわれる効果だ。
レコメンド機能のアルゴリズムについて多く研究を行っているGroupLensはフィルターバブルについて以下のような報告をしている。2016年の論文なので少し古めだが、内容としては協調フィルタリングによる推薦によってコンテンツの多様性がどう変化するかをみるものとなっている。
上記の論文では、レコメンド機能によりコンテンツの多様性の縮小が統計的に有意であるが、ユーザによってはその限りではない、というような結論が示されている。
もちろん、レコメンド機能のアルゴリズムに依存した結果であることは明らかなため、一概にすべてのレコメンド機能がフィルターバブルの効果があるとは言えない。しかし、仕組みとしてそういった効果が起こり得るということは確かだろう。
エコー・チェンバー
ユーザへの弊害としてもう一つ挙げられるのがエコー・チェンバーという効果だ。これはレコメンド機能によってユーザへ表示されるコンテンツが狭まり、それによってユーザの嗜好が強化されていく(つまり偏っていく)ことを表している。
フィルターバブルがユーザへのコンテンツの偏りの増長とすると、エコー・チェンバーはユーザ自体の偏りの増長と言える。
以下の論文でエコー・チェンバーについての調査を行っており、ECサイトにてユーザに類似商品を見せ続けると、ユーザの興味が特定カテゴリに偏ることを示している。
ECサイトでは、クリックなどの行動では顕著に偏りが確認されたが、購買になるとその影響が緩和されることがわかり、購買時には冷静に複数の商品を比較していることがわかる。
ただ、Youtubeのように購買がなく手軽に動画を見れるようなサービスであればエコー・チェンバーの効果がより強く確認されると推測できる。
オールドメディアとの比較
SNSとオールドメディアを比較するにはさまざまな要素があると思うが、その中の一つに前述したようなユーザ単位のレコメンド機能の有無がある。
さらにそのレコメンド機能にはフィルターバブルやエコー・チェンバーといったユーザにとっての弊害が存在し、それによってコンテンツ、ユーザにそれぞれ偏りが生まれるような仕組みが存在している。
オールドメディアに偏りがないと言うつもりは全く無いが、少なくともユーザ単位のレコメンド機能による偏りが生じることはない。
レコメンド機能を除いた場合には、誰でも投稿ができるSNSは非常に多様な意見が集まるため、全体を見ると偏りが少ないのではないかと考えられる。しかし、多くのSNSは非常に優秀なレコメンド機能が実装されており、自身の興味のある情報以外が表示されづらい仕組みが作られている。
「オールドメディアは偏向報道をしていて信頼できない」というのであれば、一次情報を自分で幅広く仕入れてくるのが理にかなっているのだが、Youtubeをメインの情報源にしてしまう人も散見される。
今回の兵庫県知事選挙でも読売新聞の出口調査によると、斎藤前知事を評価する人が7割、そのうち6割が斎藤氏に投票をしていた。そして、「SNSと動画投稿サイト」を最も投票の参考にした人の9割が斎藤氏を支持していることがわかっている。
「SNSには様々な情報があるから、偏りが少ない」と言っている人に対して、「そもそも君は本当に"様々な情報"を見ることができているのか?」と聞いてみたい。