「弱者男性」は男性の可能性を広げるために役に立つ言葉なのか?
最近ネットスラングで「弱者男性」という言葉があります。
この言葉の定義や是非はともかくとして、
あまり蔓延しすぎるのもメンタル的に良くないな。
と思ったので少し書いていこうと思います。
もちろんほとんどの方が、ネットのスラングの範疇で特定の属性を表していたり、自虐や謙遜などを含めたネタ半分で使っていると思います。
基本的な帰属エラー
一つ目の理由なんですが、
僕たち人間には他人の行動の原因を考える時に無意識に
「その原因はその人の性格や能力によるものだ!」
と内面を重視し、状況や環境の要因を軽視する傾向があるのです。
これを心理学では基本的な帰属のエラーと言います。
仮に本当にいわゆる「弱者男性」と呼ばれる状況になっている人がいるとして、
その原因を冷静に分析してみると内面だけに無い場合も多いです、
環境や状況による場合も大いにあります。
もちろん内面からの影響もゼロではないですが、
こういうのってどうしても0、100の問題になりがちなんですよね。
これはある程度しょうがない部分でもあって、
基本的な帰属のエラーってバイアスとしてめっちゃ強いんです。
どうしても内面に大きな理由があるのでは?と思いすぎてしまうのです。
「人にはそれぞれには事情ある。」
というのは、みんな知っていて、納得もしているはずなのに、
いざ何か起こると0、100になってしまうという不思議な事になってしまうんです。
しかもバイアスは勝手に発動するもので、現実的にこれを完全に無しにするもの難しいです。
未だに言われる「うつ病は本人の甘えと努力不足だ論」も、ここからきている気がしますし、
たまに本気でこれを言っている人もいます。
メンタルケアしていると、
みなさんやっぱりそれぞれの事情がありますし、
全く同じパターンはないです。
それが分かっていても、ついつい原因を内面だけに注目しすぎてしまうんですよね。(僕も日々気を付けています)
セルフ・ハンディキャッピング
もう一つ気になるのが、
ネット上でのノリに影響されてしまって、自分を「弱者男性」みたいな感じで、卑下してしまう人がたまにいる事です。
これも自虐ネタ半分で使ってしまう事がほとんどなのだと思いますが、
結論から言えば、
こういう自虐ネタで出来た、
自己卑下や自己否定は一回癖になるとなかなか取れないんです。
これを心理学ではセルフ・ハンディキャッピングと言うんですけど
自らにハンディキャップを課すことで、たとえ失敗した時でも言い訳ができるようにして自尊心を守る。という事をしてしまうんです。
よくある例として
テストでいい点取れなかった時に
「昨日寝てなかったからな~~~」
「良く寝てたらテストでもっといい点取れたのにな~~~」
みたいにやる事ですね。
セルフハンディキャッピングは
誰でもやってしまうことなので、ある程度はしょうがないのですが、
あまり癖になりすぎると自分で自分の環境を変える気持ちを削いでしまうんですよね。
なぜかと言えば、
セルフハンディキャッピングは
言い訳としてあまりに便利で簡単すぎる。
それ故に、これが行き過ぎると、
自分をいじめて安心する癖がついてしまうんですよね。
個人の意見としては今、社会的弱者だからって問題ないと思っています。
たしかに日本は一度キャリアからドロップアウトすると、
現実として巻き返しや、やり直しが効きづらい側面もあるとは思います。
しかし、再トライが全く出来ない訳ではわけではないでしょうし、
その状態になったのには、その人の事情や状況がある筈です。
行きつく先
問題は社会的にも自己的にも壊滅的な欠陥があって、
どうやっても幸せにはなれない。
とレッテルを周りや自分で過剰に貼り付けると、
行きつくのが
何もしないのが得。
もしくは
一発逆転を狙った過度に過激な行動。
になってなにも得が無いんですよね。
現状が変わらない状態を周りもレッテルとして作って、
自分で勝手に自虐して弱者のレッテルを貼って無駄にメンタルを削ぐ
かなり不毛だと思いませんか?
ネットでは度々こういう用語が流行ります。
こういう用語は過激で目につきますし表現としては面白かったり便利だったりします。
僕も自身もネットの不健全なネタなどは好きなので、
それはそれで娯楽や話題としては楽しいですよね。
しかしあんまり周りや自分で、その部分だけを指摘して
「失敗しちゃダメだ」
「弱者男性だからダメだ」
を繰り返して危機感だけを煽るのも、
それはそれでやりすぎでは?と思います。
結局のところ、現状や自分を少しずつ変えて行ったり、
自分に合った生活や、やり方、
コミュニケーションの取り方などを模索する、
という第一歩のやる気すらも削いでしまう。
ここまでくると周りにとっても本人のメンタルにとってもデメリットが大きいのではないか?と感じています。
行き過ぎて差別用語の様になってほしくないですし、
そうなったとしても、少なくとも自傷行為のような使われ方にはなって欲しくないです。