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むりやりキャッチボール
虐待サバイバーのゆうかです。
私は、3〜4歳頃からスパルタ教育で勉強を教えられていました。歌もスパルタでした。
それに加えてスポーツも同じでした。鉄棒、縄跳び、バク転、キャッチボール、卓球、バドミントンなどなど。全てスパルタ教育でした。
私は、特にキャッチボールが苦手でした。あの固いボールが怖くてたまりませんでした。父は運動神経が良く、スポーツは何でもできる人だったので、そのレベルを私にも求めたのかもしれません。
「グローブは顔の前に置き、ボールは顔の前でを取れ!」と言われました。私は怖くて怖くて、どうしても顔が逃げてしまうんです。グローブの使い方も教えてくれましたが、私はうまく使いこなせなかったのです。今思えば、子供の私に大人のグローブを使わせてたと思います。グローブの使い方も捕球も下手だったんだと思います。
その度に、父に激しく罵られ、怒鳴られるのです。怒鳴られることも怖いですが、私にとってはボールも怖いのです。しかも父は至近距離から投げていました。私は何度やっても、顔が逃げてると怒鳴られてしまうんです。
すると、父はどんどんヒートアップし、さらに距離は近くなり、ボールを投げる強さは次第に強くなっていくのです。
時間も長くなり夕方に辺りは薄暗くなってきます。ボールも見にくくなります。それでも父は自分が満足する形に私がなるまで、キャッチボールを終わらせてくれないのです。
私は、ちゃんとできるようにならなくちゃという緊張と、父に怒鳴られる恐怖と、うまくボールをとれずに突き指した指の痛みと、辺りが薄暗くなりボールが見えにくい怖さとで、泣きながらキャッチボールをさせられていました。
ちなみに、突き指のことは、父に言うと私が下手だからだと怒られると思ったので、誰にも言えませんでした。治療してもらえなかったので、今でも左手の小指は突き指の後遺症が少し残っています。
私にとっては、キャッチボールは今でもトラウマで恐ろしい行為のひとつです。
私の息子は、小さい頃から野球をやっていますが、キャッチボールは一度もやったことがありません。
もしかしたら、私のキャッチボールがものすごく下手だったのかもしれません。スポーツは何でも得意だった父からしたら、とてももどかしく、イライラしたのかもしれません。
けれど、このことは虐待だったと私は思っています。当時はわからなかったけれど、あんな形で、怒鳴られながらキャッチボールをさせられるなんて、普通ではないと思います。
私が受けた虐待の中で考えると、とても軽い虐待です。それでも、あの記憶は私の中に深く深くこびりついています。
あの瞬間の父に愛はなかったことは、あの時も、今も強く感じるのです。