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どうして「瞑想」なの?-心の性質-
こんにちは!
ヨガ・瞑想講師のYUUKAです。
「瞑想」って非科学的だなと思いますか?
実は私、ヨガ講師であり瞑想講師でありますが、科学的根拠がないもの、いわゆる”スピリチュアル”が苦手です。
(おとぎ話的な感覚で話を聞くのは好きです)
瞑想と聞くと難しいイメージや怪しく感じるものがありましたが、それでもいざやってみて驚くべき効果があったので、幅広い方々へ瞑想を伝えていきたいと思って講師をしています。
効果も伝えたいのですが、その前に、なぜ瞑想が必要だと思うのかシェアしていきますね。
そもそも心は幸せの拡大を求めている
これ当てはまらない人いますか?
自分のことを今より幸せじゃなくなってほしいと思うのって、ちょっと悲しいです。
私たちの心は常に物事を考えていて、それによってさまざまな感情を抱きます。自然なことです。
そして、どうしたら今より幸せになれるか分析し、外側に幸せを求めていくのです。
心に仕えている「五感」
外側に幸せを求めるのは、私たちの持つ五感が心を幸せにするために働いているから。
美味しいとか、温かいとか、美しいとか、そんな風に五感を通じて得るもので心を幸せにできることをわかっているから、私たちは外側に幸せを求めます。
ただ、外側の幸せは一時的であり、長くは続きません。
ずっと続くのは、内側の幸せです。
幸せのベクトルを外側から内側へ
五感を通じて外側へ求める幸せは部分的であり、対象物がないと得られないもの。
内側に求めるということは、形骸的でなく本質へ向かっていくということです。それは対象が目の前になくても得られる幸せであり、永久的なもの。
ヨガ的に言うと「サット・チット・アーナンダ(=永続的な至福)」です。
内側にベクトルを向けるツールとして活用できるのが、自分自身へ意識を向ける瞑想なのです。
アーサナ(ヨガのポーズ)を毎日続けると身体が少しずつ変化するように、瞑想を毎日、長期間継続して実践することで少しずつ心が整理されていきます。
選択肢が多い現代だから「瞑想」を
私たちの周りには、五感にはたらきかけるものがたくさんあります。
情報も、選択肢も、本当に多い。
お昼ごはんだけを考えても、
何食べる?肉?魚?野菜?
イタリアン?和食?
家で作る?外に出る?
レストラン?コンビニ?などなど、恐ろしいほどの選択肢があります。
これだけ情報も選択肢も多いのだから、外側に幸せを求めることばかりに必死になって当然です。
そして、一時的な幸せが次から次へとやってくるので、外側の幸せがずっと続くものと錯覚して当然です。
だからこそ、幸せのベクトルを内側へ向けることが必要だと思います。
外側に求めた一時的な幸せが途切れたときにも戸惑わないために。ぐらぐらしないために。