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二年ぶりに高橋優さんを聴いた

「それ、ライブのTシャツですか?」

歯科衛生士のお姉さんにそう聞かれたのは、横になって口を開け、歯に良いらしい薬を塗られている時のことでした。

病院に行くだけだしと適当に着てきた、部屋着代わりのライブT。まさかこんな場所で話しかけられるとは思わず、「あ、そうなんですー」と当たり障りなく返しました。というかそもそも、あーんてしてるから話しにくいしなぁ。

場を紛らわす会話はそれで終わりかと思いきや、お姉さんは続けて「ちなみに誰のです?」と聞いてきました。

かつてライブに熱狂した経験がある人であれば、前面はシンプルで背面にびっしりと日程と会場名が書かれたTシャツを見れば、思わずどのアーティストか気になるはず。もしかしたらこのかわいいお姉さんも、音楽好きの仲間なのかもしれません。

高橋優さんが2019年から2020年にかけて行ったツアー、「free style stroke」。私が着ていたのは、その時に購入したTシャツでした。

「福笑い」、「明日はきっといい日になる」……広く知られているであろうタイトルをいくつか口にすると、お姉さんはマスクをしていてもわかるくらい、表情を和らげました。「時々聞きます」それはきっと、社交辞令ではなかったはず。

久しぶりにウォークマンを操作して優さんの歌声を流したのは、そんな歯医者さんでの出来事がきっかけでした。


秋田県出身のシンガーソングライター、高橋優さん。私が彼の歌を初めて聴いたのは、当時の恋人の付き添いで行ったフェスでのことでした。

世代でもないのにGLAYの大ファンだった恋人に連れられ、代々木第一体育館へ。それまで「高橋優」といえば、名前は聞いたことがあっても楽曲についてはほとんど知らない状態でした。

グループでの出演が多かったその日、ステージに一人で立った優さんは、ギターに乗せて力強い歌声で会場を震わせました。知らない曲ばかりなのに、いつの間にか夢中で聴き入っていた私。近々ワンマンライブを行うと知り、チケットを取るまでにそう時間はかかりませんでした。

そして忘れはしない、2017年4月1日のこと。

チケットサイトの一般会員で取れたのは、二階席の最後列。決して良いとはいえない眺めの中、私はずっと優さんの姿に釘付けでした。

おそらく、好きな歌手がいる方なら一度は思ったことがあるはずです。「自分に向けて歌ってくれているんだ」と。優さんはまさにそれで、ステージまで遠く離れているのにも関わらず、会場の一人ひとりに向けて歌っている、そう感じる真っ直ぐさがありました。

音楽を楽しむのに、なんの制限もなかったあの頃。全力で声を出し、腕を上げ、タオルを振り回した後で、とある曲の演奏が始まりました。

ツアータイトルにもなっているアルバム、「来し方行く末」に収録されている「BEAUTIFUL」という曲です。

今回この記事を書くにあたって、当時毎日書いていた日記を探しましたら、こんなことが書いてありました。

ここ一か月くらいずっと塞ぎ込んでて、自分なんか自分なんかって思ってたから、まっすぐこっちを見て大好きな人たちとか、そんなシンプルなメッセージがぐさぐさきた。
結局認めてほしいだけなんだよね。

この曲には、歌詞の中に「君は美しい」というフレーズが何度も出てきます。仕事で神経を擦り減らし、周囲の人との関係に悩み、自分に自信などなくて自らを責めることしか知らなかった当時の私に、その真っ直ぐなメッセージはあまりにも強く突き刺さりました。いつしか、手を振ることもやめ、じっと優さんの姿を見つめながら、流れる涙をただそのままにしていました。

全力で歌って跳ねて涙して。自分の中にどろどろと溜まっていたものを全て出し切った、最高のライブでした。


それからというもの優さんの曲は、会社に行きたくなくて落ち込む気持ちを吹き飛ばしてくれる存在となりました。

「午前4時に起きて吐いてもう眠れなくって 何でかわかんない涙と一緒に夜明けを待つ」という歌い出しの「リーマンズロック」。

思わず腕を振り上げたくなり、闘争心が溢れてくる「象」。

休日に鼻歌を歌いながら聞きたくなる、「気ままラブソング」。

仕事で疲れた帰り道、まるでおかえりと言ってくれているような「非凡の花束」。

悔しかったり悲しかったり、どうせ自分なんてと思う気持ちにエールをくれ、時に慰め、そして最後には前を向いて一緒に進んでくれる。そんな曲達に本当にたくさん助けられました。


そんな勇気をくれる曲から次第に遠ざかっていったのは、ある時点で心が壊れ、もうそれ以上頑張る必要がなくなったからです。

穏やかであること、平均であること。それを重視する生活の中では、優さんのエールがなくとも日々を過ごすことができるようになってしまいました。それから、曲を聴くことで当時のつらい思い出がよみがえってしまうのではという懸念もありました。

気付けば二年の月日が経ち、歯科衛生士さんとの会話をきっかけに再生した優さんの曲は……あの頃と変わらず温かく力強いままでした。むしろ、今だから響く歌詞もあって、また改めて聴き直そうという気持ちでいます。離れていた間にリリースされた何枚かのシングル、買ってこないと。

ライブでの声出しが解禁される場所も出てきましたが、依然アーティストにとって厳しい状況には変わりないと思います。それでも、変わらずにギターをかき鳴らし歌い続けてくれたからこそ、こうしてまた帰ってくることができました。

たとえ安穏に見える生活でも、時には拳を振り上げ立ち向かわねばならない事態が訪れます。でもいつだって、音楽は鳴り止まないから。今日がどんなにつらくても明日をいい日にするために、戦う気持ちを忘れてはならないなと感じたのでした。


(またライブで一緒に歌いたいな)

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箱崎ゆのまる
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