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連載長編小説『滅びの唄』第六章 焔の記憶 2
納骨が終わって、いくらか気分が和らいだ。昼間は喉を通らなかった食事も、何とか胃袋に詰め込むことができた。ただ、天ぷら蕎麦はやり過ぎたと思った。海老天が胃をもたれさせる。
昨日に引き続き今日の火葬までわざわざ付き合ってくれた千鶴は、杉本と共に霊園の食堂に残り、ソフトクリームを舐めていた。バニラソフトが喪服の中に浮かび上がってくるようで、どこか引っ掛かりを覚えた。
杉本は、昨日母の話を聞いてからずっと考えていることがあった。それは津田辰郎が森岡鉄平を殺すだろうか、ということだ。それも劇場ごと焔に呑まれるような大火事で。森岡鉄平は大事な債務者だろう。そして珠里はその債務者の借金返済の源泉となる存在だ。当時の珠里の話題は言うまでなく、コンサートを開ければ満員御礼が常だった。完済までは時間が掛かったとしても、珠里のコンサートで得る収入は決して小さくなかったはずだ。将来的な長い目で見れば、さらに大きなビジネスに繋がったかもしれない。
そんな貴重な存在を、殺そうとするだろうか。債権者の立場になって考えてみても、殺人、そして放火を犯すには非合理的だ。森岡鉄平を殺してしまえば貸した金が返ってこないだけでなく、殺人、そして放火犯として逮捕される恐れがあったわけだ。放火は時として殺人以上に重罪になると聞く。そして二十年前の火災では観客含め複数人の死者が出ている。逮捕されれば間違いなく死刑判決を受けただろう。事件など起こさず、地道に返済を催促するほうがよほど合理的だ。何より借金の催促と殺人ではあまりに割が合わない。
では誰が火災に絡んでいるのか。
杉本の中では、それを考える度に高瀧の姿が思い浮かぶ。珠里を発見したのが偶然だというのなら、その存在を公表しないのはどう考えてもおかしい。それに、珠里を今日まで自分の手で養ってきたことも不自然だ。珠里には和泉真梨がいる、もし和泉真梨の存在を知らなかったとしても、警察や養護施設に預けるのが普通ではないか。それに高瀧は長らく海外を拠点にしていたと述べているが、その際珠里はどうしていたのか。すでに死んだとされる彼女のパスポートを偽造でもしたのだろうか。
ますます怪しい。珠里の生存を公表しなかったのは、やはりそれだけの理由があると考えられる。その理由というのは、珠里の才能を手に入れるためだったのではないか?
「もう食べないの?」
千鶴は半分もないくらい残された海老天を指差していた。杉本が頷くと、彼女は遠慮なく海老天を口に放り込んだ。昼食から一時間も経たない内にバニラソフトを食べ、その直後に海老天を胃に収めるとは、千鶴の食欲が恐ろしかった。高瀧ではないが、千鶴の胃袋はまさにブラックホールなのではないか、と宇宙的なことを考えてしまった。
二人は食堂を出て、殺風景なバスターミナルで市バスに乗車した。火葬に立ち合った人々はすでに葬儀場へと退散していて、もう二人が乗る車は一台もなかった。霊園を下って市内中心部に向かうバスに揺られながら、杉本は千鶴に伝えなくてはならないことがあると感じていた。
しかしなかなか切り出せず、いつの間にか次が下車予定の停留所だった。杉本は時間に押し出されるように口を開いた。
「千鶴には、枝野がお似合いだと思う」
初めは千鶴の顔を見て言ったのだが、彼女がこちらを向く気配がして、窓の外へ視線をやった。
「何それ、どういうこと?」
「勘違いしないでほしいんだ。別に今の枝野を押し付けようって魂胆じゃない。ただ単に、ずっと前から思ってたんだ。学生の頃から、ずっと」
「私は一度も考えたことないんだけど?」
杉本は苦笑した。そうだろうな、と思ったからだ。
「枝野はめちゃくちゃ行動派だ。今教団に嵌ってるのも、それが原因だと思う。あいつは救いを求めて自ら動いたんだ。俺には何もしてやれなかった。でも千鶴なら、弱った枝野にバシッと喝を入れてやれると思うんだ。そんな場面をイメージしたら、二人めちゃくちゃお似合いだなって」
杉本は千鶴のほうを見た。次の停留所のアナウンスが車内に流れた。卑怯な男だと杉本は思った。次で下りるのは千鶴だけだった。それがわかっているから、自分は今更この話を切り出したのだと、はっきりと自覚していた。
「それ、私の気持ちは完全無視じゃん。私と、凌也は似合わないの?」
「それはわからない。気は合うんじゃないかな。でも俺は今ある使命を背負ってて、千鶴のことを第一には考えられないんだ」
「そんなの、枝野も同じじゃない。仮に私達が付き合ったとしても、今の状態じゃ一番は教団、私は二番以降だよ」
「枝野を教団から引き離せたら千鶴は枝野にとって一番の存在になるかもしれない。それに枝野を教団から救えるとしたら、千鶴しかいないと思うんだ」
「何よそれ。使命って、何なの。それこそ使命を果たせば終わりでしょ」
停留所にバスがゆっくりと入っていく。バスを待っているのは二人だけだった。
「俺の使命はこれから何十年も続く。初めてなんだ、この先ずっと背負って行こうと思えるものと出会えたのは。終わりなんてない。あるとすれば、それは俺が死ぬ時だ」
珠里は、じいちゃんの煙草なのだ。生涯を通して側にいてほしい、毎日顔を合わすだけで沈んだ気分が晴れていく、珠里はもうずっと前からそんな大切な存在になっていた。
千鶴の気持ちには気づいていた。しかし杉本が担当患者の孫である以上、恋人関係になることはないと杉本は考えていた。なぜなら仕事とひたむきに向き合う千鶴が、仕事で関わる人間と恋人関係になるのを嫌っていたからだ。教員同士の恋愛や医師と患者の恋愛など、そういうものを彼女は昔から好ましく思っていなかったのだ。だから杉本は、千鶴の想いに気づいていながら今日まで自分の想いを明かさずにいられた。千鶴に告白されるのは時間の問題だった。千鶴と過ごしてきた時間が長いからこそ、千鶴の告白を断った時は気まずい関係になってしまうのではないかと思った。それならいっそ、先に交際することはないと伝えようと思ったのだ。
珠里への気持ちを包み隠さず話そうかとも思ったが、杉本は間一髪のところで踏み切れなかった。これからの珠里との時間を使命に置き換え、説明した。最後まで卑怯な男だと思った。
千鶴の瞳は震えていた。話したいことがあるが、突然こんな話になってうまく整理がつかないのだろう。バスのドアが開いた。
「下りないの?」
「ああ、ちょっと寄るところがあって」
千鶴はふと足元に視線を落とし、すぐに顔を上げた。彼女は破顔した。微妙に痙攣する頬がぎこちなさを凝縮していた。
「そっか。じゃあ、私はここで」
どこに寄るのか、自分も付いて行けないか、そんなことを言おうとしたのだろう。しかし千鶴は一瞬視線を落としている間に、それは駄目だと判断したのだ。彼女はこちらに背中を向けた後、振り返ってまた破顔した。
「またね」
「ああ、また」
千鶴は運賃を精算すると、窓から彼女を見送る杉本には一瞥もくれずに歩道を歩いて行った。その後ろ姿を見送っていると、不意に目頭が熱くなった。なぜかはわからなかった。杉本の胸には、ただ一つの思いだけがあった。
いつまでも子供のままではいられないのだ――。
バスから下りた杉本は、炎天下に歪む劇場を数秒眺めた後、祠の前で珠里の名前を呼んだ。珠里は顔を歪めながら日陰に姿を見せた。殺人的な太陽の光線を嫌うのだろう。しかし杉本が見慣れない恰好をしているのが気になったのか、珠里は日向に出てきた。
「昨日今日と、ばあちゃんのお葬式だったんだ」
杉本は珠里に気を遣わせないよう、微笑を浮かべて言った。しかし珠里は眉をハの字に曲げ、顔をしかめた。
「それは、残念……」
珠里は杉本の顔から視線を逸らすと、すぐに日陰に戻った。珠里は陰の中から杉本を手招きしている。
こめかみから顎にかけて流れ落ちる汗を拭うと、杉本は珠里の手招きに応じた。杉本が日陰に入ったのを見て、珠里は祠の奥に姿を消した。
祠の狭い出入り口で身を屈め、落ち着く体勢を模索しているところに珠里が戻って来た。ペットボトルを差し出している。杉本はありがたいと思い、それを言葉にしたのだが、珠里が差し出すペットボトルのラベルを見てぎょっとした。珠里はフィンランディアコスモ天然水を差し出していたのだった。
杉本はペットボトルを受け取るのに躊躇した。この胡散臭い天然水を飲んでもいいものなのか。だが何の含みも感じさせない珠里の無垢な視線に杉本は警戒を解いた。彼女は好意で水を恵んでくれるのだ。杉本はペットボトルを受け取った。
「いつもこの水なの?」
杉本はペットボトルの蓋を回しながら訊いた。杉本の前で珠里が飲み物を口にする時は、いつも決まって牛乳だった。来る度に杉本が買って来た食パンと牛乳のセットだ。
杉本がフィンランディアコスモ天然水を一口飲むのとほぼ同時に珠里はかぶりを振った。フィンランディアコスモ天然水は、普通の水だった。北欧の大地の神秘など、口触りからはまるで窺えない。ただペットボトルに巻かれたラベルにフィンランドの針葉樹林と虹色のオーロラが写っているから、何となく北欧の冷気を感じられるだけだ。何となく、杉本の感想はそんなものだった。
「お茶もあるよ」
珠里は言った。杉本は、ぜひともそのお茶を所望したかった。しかし密閉状態を解き、すでに一口飲んでしまった以上、フィンランディアコスモ天然水を珠里に返すわけにはいかなかった。杉本はへえ、と相槌を打ちながらもう一口水を口に含んだが、この水一本で千二百円もすることに納得がいかなかった。
やはり高瀧は信者達を洗脳して、マイナスイオンのように科学的根拠のない効果を吹聴し、高額で売りつけているのだ。
「高瀧が持って来るのは水のほうが多い?」
「ううん、お茶のほうが多いかな。水は一回に十本くらい」
もしフィンランディアコスモ天然水に千二百円もの値段を張る特殊な効能があるのだとすれば、無償とはいえ高瀧はきっと珠里にもフィンランディアコスモ天然水を勧めているはずだ。やはり千二百円の水は百二十円の水と大きな違いはないのだ。杉本は確信した。
ペットボトルを地面に置くと、杉本はポケットから写真を取り出した。花嫁姿の三浦志帆を杉本の祖父と津田辰郎が挟んで写る、例の写真だ。
「この写真を見て」
杉本が珠里の前に写真を出すと、珠里は「ひぃ」と高い声を出した。写真を持つ手を少し下ろして珠里を見ると、彼女は尻餅をついていた。腰を抜かしたようで、恐怖に怯えるように肩を強張らせ、顎をカタカタと刻みながら、瞳は焦点が合わないらしく、宙を彷徨うように揺れていた。
「大丈夫?」
杉本が訊いても、珠里は何も答えない。いや、答えないのではなく、声が出せないのだ、と杉本は思った。写真を手に近づく杉本から逃げるように珠里は後ずさる。しかし本当に腰が抜けているようで、うまく地面を蹴ることができず、彼女は奥に進めない。珠里は当てもなく視線を這わせながら、ネジが外れた機械のように「ハハハ……ハハハ……」と断続的に低い声を発するだけだった。
「ごめん」杉本は写真をしまった。「多分珠里はびっくりするだろうと思って見せたんだけど、まさかそこまで怖がるとは思わなかったんだ」肩を震わせ、荒い鼻息を吐き出しながら、珠里が小さく頷くのを見て、杉本は続けた。「でも、その様子だと今でも覚えてるんだね。二十年前の火災、焔の中で見た光景を」
「ハハハ……ハハハ……ハハハ……。私の、舞台……」
「そう、珠里がステージに立って歌った、珠里の舞台だ」
「私の舞台……ハハハ……違った、私の舞台……じゃなかった」
「ステージに立っていたのは珠里だろ、珠里以外の誰のものでも――」はっとして杉本は言葉を切った。まさかとは思ったが、珠里は五歳にして自分がステージで踊らされているだけの操り人形であることを自覚していたのだろうか。いや、今になって振り返ればそういうことだった、と感じているだけかもしれない。が、やはり珠里は焔の記憶を持っている。「もしかして、津田辰郎のことを言ってるのか? 自分の舞台じゃなかったって、それは津田辰郎のことを言ってるのか?」
「ツダ……タツロウ……」杉本が口にした名前を珠里は復唱した。そしてにやりと笑い、すぐに無表情になった。「その人……パパとママをいじめる、怖い大人。ハハハ……私を舞台に立たせて、歌を歌わせた人……」
「いじめる……」
借金返済のことだとすぐにわかった。いじめる……確かに子供だった珠里にはそう見えたのかもしれない。
「パパはその人にずっと謝ってて、ママも横でじっと謝ってて、何度も何度もその人が家に来て……私怖くて、パパとママを元気づけたくて、歌を歌ったら、その人が私に近づいて、歌上手だねって……」
そうして珠里は天才少女として突如世間に現れたわけか。では一世を風靡した二十年前、歌手活動を行うことは珠里本人にとっては本意ではなかったのかもしれない。
「私の舞台にはいつもその怖い人がいて、じっと監視するみたいに舞台袖に張り付いて私を見てた……。それでもパパとママが歌を褒めてくれて、舞台の成功を喜んでくれたから、私は頑張れた。でもある日、パパがもう耐えられないって言って、私を舞台に立たせたくないって。それがあの日の本番直前だった。パパは怖い人と言い合いをしてて、その言い合いは本番までに終わらなくて、私は子供ながらに不安な気持ちで舞台に上がったの。歌い終わって、カーテンコールのために舞台と舞台袖を行き来する時、いつもは舞台袖にいる怖い人がいなくて安心したのをはっきりと覚えてる。でも舞台袖に入った瞬間、パパと怖い人の言い合いの声が聞こえてドキッとした。パパは「死んだほうがマシ」とか言ってて、それに何だか臭かった。その時はもうガソリンが撒かれていたの。私は舞台に戻らず、舞台裏を見た。そしたらパパがライターを持って、火を点けようとしていた。その時……さっきの写真……さっきの写真に写ってたパパをいじめてた人じゃないほうのおじさんがパパに飛びついて、押さえつけようとした。その時火が地面に落ちるのがわかった。私は舞台に戻って、お客さんの拍手を浴びていたの。次の瞬間、すごい音がして、ステージは一瞬で炎に包まれた。舞台袖も舞台裏も、炎に遮られて行く場所がなかった。公演中、パパは劇場の殆どにガソリンを撒いていたから火はあっという間に、すごい勢いで燃え広がった。お客さんもパニックになって、一斉に出口に向かって走っていった。私は逃げ場のない舞台上で、劇場が焼け落ちていくのを眺めていたの。そこに助けに来てくれたのが高瀧さんだった」
やはり高瀧は珠里との出会いで嘘を吐いていた。何が、珠里が一人で歩いているところを偶然見かけた、だ。やはり高瀧と珠里の出会いは二十年前の火災なのではないか。
しかし――。
腑に落ちない点がある。そもそも高瀧はなぜ珠里のコンサートに足を運んでいたのだ?
珠里の話題を聞き、一度観てみたいと思ったと言われればそれまでだ。しかし珠里のコンサートは東京でも開催されていた。東京ではチケットが完売で、地方公演しかチケットを入手できなかったと言われればそれまでだ。だが、猛威を振るう焔の中、我先に劇場外へと出ようとする人波の中で、なぜ高瀧は珠里を助けようとしたのだ。関係者ならともかく、高瀧は聴衆の中の一人に過ぎなかったはずだ。
何かがおかしい。
しかし二十年前のコンサートで、高瀧は誰とも繋がらない。これまで杉本は、高瀧が火災に関わっているのではないかと睨んでいたが、火災の当事者である珠里の話によると火災を起こそうとしたのは森岡鉄平であり、それを止めようとした杉本の祖父と揉み合った結果、点火されたライターがガソリンに引火したという。
「高瀧さんに助けてもらってから、三年くらいは一緒に過ごした。外に出ちゃダメだって言われて、高瀧さんがずっとアパートで匿ってくれてた。火災の時は、高瀧さんまだ大学生だったけど、私にたくさん話をしてくれた。木々との調和、自然の雄大さ、音楽の魅力、それで少しずつ、私は元気を取り戻していったの。でも少しして高瀧さんは大学を卒業して、海外を回るようになった。私は日本にいたままで、清樹さんに預けられた。本当なら清樹さんも海外ツアーに同行するんだけど、私のために残ってくれて。それから十年が経って、初めてこの劇場に足を運んだの。高瀧さんがあの火事で亡くなった人の鎮魂のためだって言うから私もついて来た。すると、パパとママの声がして……でもどこを見回してもパパとママはいなかった。でも帰ろうとした時、パパとママの姿が見えたの。私は十年振りに歌を歌った。そしたらパパもママも喜んでくれて、ここに留まってもっと歌を聴かせてほしいって言うの。だから高瀧さんと清樹さんにお願いして、ここで生活するようになった。初めは、ちょっとの間のつもりだったんだけどね……」
杉本は首を傾げた。
「つもり?」
「うん。だってこんなところじゃ生活なんてできないし、二三日したら元の生活に戻るつもりだったの。でも高瀧さんが迎えに来て、私が劇場を離れようとしたら、パパとママが寂しがって、帰れなくなっちゃったの」
亡霊、か。
珠里は両親の亡霊に憑りつかれて、この劇場に閉じ込められているのだ。しかし霊など存在しない。珠里の両親の姿もここにはない。二十年前の火災の記憶が珠里を深く傷つけ、今尚彼女の中で二十年前のガソリン臭い炎が燃え続けているのだ。つまり、トラウマだ。
亡霊は珠里の創り出した虚像。その虚像を珠里が現実のものと認識してしまうのは、やはり高瀧の影響だろう。たとえ高瀧が火災に拘わっていなくても、珠里を今の状態から救い出すには、教団清樹の胡散臭い教えを、珠里の洗脳を解かなければならない。
「きっと帰れるよ」
杉本は珠里の手を取った。いつか、こうして珠里の手を取った時、超常的な何かに背中が重くなったことを思い出す。あれはいったい何だったのか。亡霊の実在……ではないだろう。あの時は、劇場を取り巻く伝説を意識していたせいで、珠里の両親の亡霊についても心のどこかでやや信憑性を感じていたのかもしれない。だが今は霊感などまるで感じない。やはり霊など存在しないのだ。
「俺がここから救い出すから」
「そんなこと、できる?」
「きっとできる。それに、珠里を救えるのは俺しかいないだろう?」
杉本は微笑み掛けたが、珠里は顔を逸らした。弱々しい眼差しで杉本をちらちらと見る。彼女は、自信が持てないらしかった。
3へと続く……