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【エッセイ】猫と熱
熱が出ていることに気づかず
洗面台下に収納された
ストックやヘアアイロンの整理を行う。
おや、と思って体温計を脇に挟むと38.8度。
とりあえずゼリーだけ胃に入れカロナールを飲んだ。
色と質感がお気に入りの保冷温マグと飲み物だけを
ベッドサイドテーブルに置き、しばらく眠る。
選んだ飲み物はフレーバーティー。
桃の香りの緑茶だ。
鼻を通る桃と、舌を撫でる緑茶。
香りと味が完全に
乖離していて、ぎょっとする。違和感を覚えた。
大きな手のひらで脳みそを握り締められているような
頭痛がして目を覚ます。
窓の外から男性が大きな声で
電話をしているのが聞こえた。
うちの猫は賢い。寝込んでいるとまくらの隣まで
のそのそとやってきて、ぴったりとからだを
くっつけてこちらの様子をうかがってくる。
たぶん熱を出している生き物のにおいがするのだろう。
たいへんに頭がいい。
添い寝をするように横になるものの、
わたしが撫でてもいつものように
とろける表情にはならない。
きりりとした面持ちで、「さあ病人は寝ていなさい」と
言うように、まあるい黒目を向けてくる。
彼なりの看病なのだ。
あまりにもかわいくて、いとおしすぎて、
いじらしくて、涙が出てしまった。
誰かの顔色をうかがうことは
とても疲れることだ。
正解を探すという行為だからだ。
緊張もするし、不安にだってなる。
だからなるべく無理をしないで
わたしには気を遣わないでほしい。
のびのびやってていいんだよ。
そんな風に伝えたくて頬を撫でるけれど
彼はやっぱりきりりとした表情を崩さない。
トイレのついでに、猫型の皿にちゅ〜るを盛った。
寝られなくなってきて、世界の珍獣を検索する。
哺乳類で唯一ウロコを持つセンザンコウという
動物の赤ちゃんがとんでもなくかわいかった。
動物園で初めてハシビロコウを見た日を思い出す。
オスとメスがいて、なかなか動かないことで
有名な動物なのに、その日は求愛行動を
見ることができた。
雨が降ったり止んだりしていて
ペンギンが歩くとぺちぺち音がしていて
わぁかわいいって何度もなんども
繰り返した記憶が頭のなかに流れる。
熱にうなされながら、まぶたの裏でずっと動物を
感じた1日だった。熱を出した理由はワクチンだ。
生きているなぁ、と思った。