祖母が最期に稽古をつけてくれた話(中編)
はじめに
今回の葬式はごく近しい身内だけで執り行いました。
だからこそ、というんでしょうかねえ。
身近な者たちの、これまで垣間見ることのなかった一面をいろいろと目の当たりにしました。
その1 俺、叔母と布団を並べるの巻
前の記事で泊まり込みの話をしましたが、まさか叔母と二人で布団を並べる機会があるとは思いませんでした(笑)
その時、俺が勝手に泊まり込みを申し出るのはともかく、何故叔母なのか不思議でした。
流れとしてこうなったのかな、と思いきや、叔母が独り言ちるように、「お母さんにはいろいろ謝らなきゃいけないからね」
と口にしたので納得がいきました。
あまり仲がよろしくない親子でしたからね(笑)
これも直葬ではできなかった心の整理だと思います。
その2 叔父と腹を割って話すの巻
また、通夜のあと、思いがけず叔父と腹を割って話す機会に恵まれました。
本当にいろいろなことを語らいましたが、まさか叔父があそこまで俺や妹を心配してくれているとは思いもしませんでした。
ざっくりいうと、俺の病気と今後どうしていくのかについての話ですね。
説教というのではなく、俺の今の仕事含め、肯定的な忠言をしてくれた感じです。
もうひとつだけピックアップしますと、
「親が生きているうちに『ありがとう』と『ごめんなさい』は言っておけよ」
ともアドバイスしてくれました。
酒が入っているなりにハッとした瞬間でした。
その3 歳なんて関係ないの巻
年下の従妹や妹からも学ばせてもらいました。
たとえば湯灌のとき。
小学校三年生の従姉妹にとっては酷な場面だったと思います。
実際、施設に叔父一家が駆け付けた時は祖母の亡骸を怖がっていました。
湯灌の時も顔を伏せるような場面があったとぼんやり記憶しています。
でも、湯灌のさいちゅう、従妹は小さい体に気合を入れるようにシャンと居住まいをただしました。骨上げの時に至っては無邪気なぐらいでした。
あの子は強い。
二十五も年下の従妹から感銘を受けるとは思いませんでした。
妹は過去にある知り合いの葬儀に参列しているので俺よりも場慣れしていましたね。
むしろ兄貴の俺のほうがわたわたしていたぐらいで、何回か諫められちゃいました(笑)
人から学ぶのに歳なんて関係ない、という学びを年下の2人から得ました。
その4 祖父へのモヤモヤが吹っ飛んだの巻
一つ屋根の下で祖父母と同居するといろいろあるもんです。
祖父は俺を大変かわいがってくれますが、近頃はせん妄が出る場面があり(特に酒が入ったとき)怒鳴り散らすことがたまにあります。
書くかどうか迷いましたが、通夜が終わった夜、ちょっとした言葉の綾で祖父が激昂してしまい、
「誰の土地に住まわせてやってると思ってるんだ! お前なんか出ていけ!」
と言われてしまいました。
ほどなくしてそういう出来事を忘れてくれるのでありがたいんですが、こちらとしてはくすぶるものがあります。
割り切りはできるんですが、なんかモヤモヤとしたものを抱え込んじゃうんですよね。
その祖父が、祖母の亡骸の前で泣き、死に化粧した祖母を慈しむように見る姿を目の当たりにして、全部吹っ飛びました。
マジで全部です。
ひょっとしたら祖母が吹っ飛ばしてくれたのかもしれません。
* * *
他にも書ききれないほどエピソード満載の葬式でしたが、細大漏らさず書くと一冊の本が出来上がってしまう勢いですので割愛します。
後編では雑感のようなことをつらつら書きます。
まあ流し読みしてやってください(笑)