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風に追いかけられて
六月の初め、文化祭一週間前の昼休み。幼馴染の四人は中庭に集まっていた。今まで、ずーっと一緒の道を歩んできた四人。真尋、翔真、詩音、絵麻。進路選択の前に、これから四人はどんな道を選んでいくのか。それぞれの想いを吐露しようとしている。
「もう、こんなことを考える時期になっちゃったんだね。」
「これまでさ、自由に生きてきたから、どうすれば良いのかわからないよ。」
「俺も。なんかさぁ、今までの二年間を部活に捧げてきた喪失感、というか。」
「ピアノの時間、少しだけお勉強に向けたほうが良かったのかな。」
「今さら後悔しても遅いってば。」
「なんで、真尋はいつもそうなの?」
「なんで、って言われても...わたしはわたしだから。」
「まあ、いいじゃん。こんなこと言ってる暇ない。」
「詩音の言う通り。俺たちにそんな時間は残されてない。」
四人は考え込む。張り詰めた空気が流れる。それは、あまりにも重苦しく、小鳥すらも囀りを遠慮するほど。
「わたし、ずっとあの子の影を追いかけ続けてた。時には友達として、時には恋人として。」
「絵麻は何かあるたび、いつも恋人のこと口にしてたよね。」
「わたしには彼しかいなかったから。」
絵麻は「彼」のことを回想する。高ぶりそうな感情を抑えて、淡々とした口ぶりで、他の三人へ向けて話し始めた。
「あなたと一緒にいたい。これからも、出来れば永遠に。」
「俺、絵麻のこと、タイプじゃないんだ。」
放課後の教室で、去っていく「彼」を無言で見送る。つらいし、泣き出しそう。そんな気持ちをなんとか封じ込め、強い視線で今にも消えてしまいそうな彼の眼を見つめた。
「わたしの恋が終わった瞬間だった。恋、というか、単なる片想いだけどね。」
絵麻に同情するような、上の空のような。不思議な雰囲気。そんな空気を打破するために、翔真が口を開く。
「そういや、こんなこともあったよな。真尋と詩音が大喧嘩して。」
「あったあった。あの時、本当に大変だったよね。」
真尋と詩音がお互いの顔を見合わせる。詩音の黒髪が、一瞬キラッと光る。一年前、放課後の音楽室。真尋は怒りの表情をむき出しにして、詩音へ詰め寄る。
「詩音、わかってるよね。あなたがクラスのことをすっぽかして、部活ばっか行ってることの意味が。ちゃんとしたものを作らなきゃ、学校中の笑い者だよ。少なくとも、わたしは耐えられない!」
「わかってるよ、それくらい。だけど、わたしには部活がある。クラスと同じくらい、部活も大切なの。どこにも入っていない真尋にはわからないでしょうけどね。」
「馬鹿なの、詩音って。前々から思っていたけど、人の気持ちをわからなさすぎる。」
「わかっていないのはあなたのほう。今すぐ、ここから消えてよ。」
詩音の瞳には涙が溢れていた。大好きな音楽を否定されたことの悲しさ、自分の人生そのものを否定された怒り、クラスの準備に参加できないことのもどかしさ、様々な感情が交錯する。
「わたしも、あの時は子供だった。詩音を傷つけてしまった。それだけが、しばらく残っていた。」
「わたしだって、あそこまで言うつもりはなかったんだ。」
「あれの板挟みになった俺らのことも考えてみろよ。」
また変な空気になる。慌てて、絵麻が翔真に囁く。
「翔真くん、ここは黙ったほうがいい。」
「わかった。」
「真尋、もう許してくれているよね。」
「もちろん。あなたは大切な親友。」
「どこの青春ドラマなんだよ...」
「いい感じに収まったじゃない。」
「あと一年もしないうちに離れ離れになるし、最後の思い出の一つとして、思いっきり楽しんだほうが面白いと思わない?」
「わたしだって、去年よりもっと良い演奏がしたい。」
「責任とかどうでもいい。委員長とか、役職とか気にすると何も始まらないし。俺も俺なりに、楽しみたいな。」
「うん、わたしも同じく。」
「最後の青春、ってこと?」
「言うならば、そんな感じね。」
キーンコーンカーンコーン。いつもチャイムが鳴るタイミングは気まぐれな気がする。なんとか会話を切り上げるために、真尋が口を開いた。
「じゃあ、昼休みはこの辺で。」
「放課後もいつもの場所で集まらない?」
「大賛成!」
「詩音はどう?」
「わたしも、行くよ。」
「よっしゃー、全員揃った!」
四人は去っていく見慣れた顔を見て、お互いにそっと微笑んだ。詩音の元に、吹奏楽部の後輩が駆け寄ってくる。
「詩音先輩!今日の部活はどうしますか?」
「ちょっと、遅れるかもしれない。大事な用事があるから。」
「了解です。先輩が来るまで、わたしたちに任せてください!」
「頼もしいなぁ...」
「えっ、何か言いましたか?」
「いや、何も言ってないよ。」
「言ったじゃないですか!」
「言ってないって。じゃあ、よろしくね。」
「はい!!」
つながるもの、受け継がれていくもの。こうして、また新しい時代が生まれ、未来に足を踏み入れていく。詩音はちょっとだけ、喜ばしい気持ちになっていた。
「あの子も、良いプレイヤーになれそう。最初は大変だったけどね。」
潮風の吹く街で生まれ、風に追いかけられながら育った。そして、今も風とともに生きている。たとえ過去形に変わったとしても、それは変わらない。高三になって、少しだけ気付けたような気がする。目の前のことに全力で取り組むのも、悪くない。そう、それが四人の「青春」なんだと。
(最後まで読んでいただき、ありがとうございました!Excelsior!! YUU_PSYCHEDELIC)
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