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ショートショート「We are the monkeeeeeys」

「Welcome to prison!!」

 何処からともなく、そんな声が聞こえてきた入社式の朝。類人猿専用列車の狂騒に揉まれ、セットした髪はすっかり駄目になってしまった。

 人工知能が我々の能力を越えてからというもの、究極の頭脳を志して開発された「エクストリーム・インテリジェンス」は一瞬のうちに暴走し、自らの手で予測不可能な方向へと進化。自ら製造した家臣たちが日本の国家をも乗っ取り、我々人類は人工知能の支配下に置かれた。

 こうして始まった入社式。薄々想像はついていたが、社長も専務も声のみで姿を表さず、現場の上長と一般社員が僕たちを案内してくれた。

「今から社長によるメッセージが届いています。あとでレポートを書いていただきますので、しっかりと聞くように」

 不気味な黒いスーツの集団が一斉にノートを開く。僕もその中のひとりだが、客観的には滑稽な光景である。

「それでは、社長AIが代読いたします」
「会社というものは、個人の集合体ではありません。哲学を共有する集団です。共通の思想を心に叩き込み、それを源泉とし、結果に繋げていく。すなわち、ひとつの確固たる目標に向かって、もちろん休みの日は休んでいただいて構いませんが、平日は二十四時間会社のことを考えるくらいの気持ちでいてください。遅刻、体調不良、トイレ、よそ見、私語、デモクラシーは結果を出してからにしましょう。企業に心の底まで奉仕する存在になって、ようやく、あなた方は“社会人”になったといえるのです。今日から、あなた方の将来は私が責任を持って預かります。私をひとつの太陽だと思ってください。そして、精一杯、喰らい付いてください。一ヶ月も経てば、立派な集団となるでしょう。当然、不平不満は許しません。最初の一ヶ月は合宿で徹底的に鍛え上げますから、そのつもりで。以上」
「社長様、ありがとうございます!」

 その光景は、あまりにも異様だった。だが、戸惑う新入社員たちを傍目に、当たり前のように拍手する社員たちを見て、僕は手を叩いてみるなどした。

 こうして、僕は社会人の見習いになった。最初の一ヶ月は彼の国を思わせる集団行動と、意味不明な思想教育で終わった。同期は何名か、姿をくらました。

 毎日更新されているSNSを見ると、なんら変わりなく生きているような感覚になるが、個人の連絡先に電話をしても、本人らしき者からの返信はない。明らかに似ても似つかない文章が送り返されてくるだけだ。おそらく、会社によって殺されてしまったのだろう。

 一ヶ月、二ヶ月、三ヶ月、半年、一年と、研修は続いていった。

 僕はブレイン・プログラマーとして入社したが、一度だけ、仕様書と真逆のプログラムを書いてしまったことがあり、懲罰を受けた。

 その懲罰は、一日中、ずっと牢獄の中で謝罪を続けるという非常に厳しいものだった。当然、口外は許されない。SNSに投稿されているあらゆる内容はAIによって自動で検閲される。だが、僕たちには検閲前の内容しか読めないので、他の人がどのようなものを読んでいるか知らない。

 満員電車にも慣れた一年後の春、後輩たちが入ってきた。僕は社会人二年目にして、プログラマー・チームのリーダーに抜擢された。

「株式会社ディッパー・ソリューションズへようこそ。あなた方は、今日からプログラマー・チームの一員となるため、研修を受けていただきます。しかし、プログラミングの前に、会社の思想を学んでいただかないことには、“立派な社会人”にはなれません。今日は初日ですから、あくまでも導入だけ。ただ、明日からは毎日読み上げますし、社長や管理部長が仰っていたように、思想こそがいちばんの共通言語なので、必ず覚えきってください」

 後輩たちは、勢いよく返事を返してくれた。

「はい!!!!!」

 僕はその返事を確認した後、配属となった15人の顔を見つめながら、基本思想を絶叫した。

「社訓。私たち集団は、社会正義の名の下に、新たなる意義と価値観を創造するために存在する。愛がなくては成り立たないし、夢がなくては踏み出せない。それゆえ、日々の仕事に夢中になり、会社やそこに集う総ての仲間を愛し、社会のために精一杯生き抜くことを是とする。全力! 漸進!! 善創造!!!」

 読み終えた後、あらためて周囲を見ると、新入社員は例外なく目を丸くしていた。もちろん、先輩たちが同様に絶叫する姿を見て、さらに丸くしていたのは言うまでもないだろう。

 この社訓絶叫に続き、独特の文化を披露することにした。あと、三つくらいある。

「葛城さん、社歌独唱、今日は一番をお願いします」

株式会社ディッパー・ソリューションズ 社歌

愛なきものに 道はなし
夢なきことに 星はなし
社会正義の名の下に
さあ我らよいざ行かん

若人たちよ 立ち上がれ
世界のために 生きなさい

あゝ 我らが描く大いなる道は
夜空に輝く あの星のように
時代に負けぬ 愛と夢
全力 漸進 善創造

 僕の同期、葛城は頬を紅く染めながら、社歌を独唱した。

「では、みなさんはこの木魚でリズムを取って、全員で十番まで歌いますからね」

 総務から新入社員に木魚が手渡され、朝からオフィスには木魚の音が辺り一面に広がっていった。

 さらに、社会人ダンス、一文字ごとの読み合わせ、いくつか用意された判断項目の中から昨日あったことを発表する会、本日の目標絶叫などの行事が終わった後、ようやく、僕は本題に入ることにした。

「みなさん、驚きましたよね?」

 三人の同期とひとりの上司は、台本にない台詞を突然挿入した僕をなんともいえない表情で見つめる。

 後で、絶対に叱られるだろう。また監獄行きかもしれない。だが、それでも言いたかったのだ。あと、すでに対策はちゃんと打ってある。

「Welcome to prison. We are the Monkeeeeeys!!」

 僕は会社中に響き渡るほどの声量で絶叫した。皆から注目を浴びていた時は、まるでミュージカルスターになったような気持ちだった。

「ようこそ、株式会社ディッパー・ソリューションズへ。君たちの生命は僕が責任を持って守り抜く。歓迎しよう」

 こうして、初日の研修をやり過ごした後、僕は同期と上司を誘い、いつものバーでジョニーウォーカーの赤を開けた。

 いろいろと訊ねられたが、すべてに「ほんの出来心で」としか答えなかった。意図なんて、丁寧に説明するほど、その輝きを失ってしまう。だから、何も言わない方が良いと思ったんだ。どうでもいい話を、終電寸前までして、最後に光線銃で記憶を奪ってやった。

 宿もなしに街に放り出された同期のひとりは、バーの裏にあるゴミステーションで寝たらしい。酔い潰れた上司は、新宿のど真ん中で社歌を絶叫していたそうだ。そんなこと、他人の僕に知ったことはないけれども。元々みんな嫌いだったし。

 余談だが、万全の対策の結果、僕は終身刑となった。

 2025.3.2
 坂岡 優

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