ショートショート「ふたりはトリック・オア・トリートで結ばれる」
今、私はある人を見つめている。
ある人とは、クラスメイトのK。サッカー部のエースで、運動神経はずば抜けていて、そのうえに頭も良くて容姿端麗。まるで漫画から飛び出してきたような人だ。
そんな彼は、うちの学年どころか、あらゆる生徒たちから一目置かれていて、嫉妬やひねくれ以外の理由で嫌っている人を少なくとも私は知らない。だから、運動部の生徒はその多忙さから通常生徒会長にならないのに、あまりにも圧倒的な人気ぶりから、生徒会役員を例年の倍以上に拡充。選挙では八割以上の得票を獲得し、生徒会長に選出された。
「Hは今年のハロウィン、どんな仮装するの?」
「うーん、決めてないな」
「キョンシーとかどう?」
「私には似合わないよ。……てか、私は仮装しないから!!」
実は、私とKは幼馴染で、3歳の頃から付き合いがある。クラスメイトにはこのことは喋っていないから、妙に親しげな会話をするたび、周囲から疑われる。曖昧な関係性は心地いいけれども、適当に誤魔化すのも、そろそろ終わりにしても良いんじゃないかなあ……って、私はずっと思ってきた。そもそも、内緒にするって、何か示し合わせたわけでもないし。
だけどね、幼馴染がこんなに人気があって、それでも変わらずに接してくれて、何よりもやさしくて、Kが気にならないわけないじゃんか。そんな気持ちも、Kにはきっと伝わっていないんだろうな。
そう思いながら、今年もこの日を、学校近くのファストフード店でKと共に過ごしている。
「よくよく考えてみると、私たちって、ハロウィンは毎年一緒にいるよね?」
「もう10年ぐらいそうだよね」
「いつから習慣になったんだろう……」
「でも、一緒にいないと落ち着かないというか、Hと一緒にいる時は、他の子といる時よりも素直になれるというか……」
Kのこの言葉は、私にこれまでなかった勇気を振り絞らせるには十分過ぎた。
パンプキンバーガーを片手にぼんやりとしているKを見つめながら、鞄の中に忍び込ませておいたお菓子の袋を探す。本来のハロウィンとは違うけど、小学生の頃の私たちは、毎年お菓子を交換していた。
「ねえ、H。トリック・オア・トリート!」
でも、Kの方が、私よりも一歩先に袋を取り出した。ひょっとして、Kは、覚えてくれていたのかな?
「実はね、私も持ってきたんだ」
私の一言に、Kは一瞬驚きを見せたが、すぐにいつもの笑顔に変わった。大好きなひとの、大好きな笑顔。やっぱり、独り占めしたいな。
「お菓子か、いたずらか、どっちがいい?」
「……Kにどっちもって言ったら、引くかな?」
「えっ?」
「私ね、ずっと……」
「その先は僕から言わせてくれない?」
Kは両肩に手を置き、じっとこちらを見つめている。私は運命に身を委ね、Kが言葉を紡ぎ始めるのを待った。
「出逢った頃から、ずっと好きでした。大きくなって、この関係性が壊れるのが怖くて、なかなか言い出せなかった。でも、もう我慢しません。僕たちがおじいちゃん、おばあちゃんになっても、いっしょに満天の星空を見つめるような関係になりませんか?」
ずっと、ずっと、この言葉が欲しかった。一時期、恥ずかしくて話せなかった時期もあったけれども、Kのことは好きだった。Kが気にならなかった日なんて、みっつの頃から一度もなかった。
「私も、Kのことが大好きです。一生、傍にいてください」
あまりにも言葉が大きすぎて、いつかこの日を振り返った時、きっと不思議に感じることもあるかもしれない。それでも、お互いに勇気を振り絞って、やっと辿り着いた運命だから。
私の言葉を聞き、人目も憚らずに一目散に抱きついてきたKは、世界でいちばん格好良かった。
……ファストフード店での何気ないやりとりからの告白が、私たちの不器用な関係性を物語っている気がして、ちょっと微笑ましかった。こういうハロウィンも、恋のはじまりも、悪くないんじゃない?
翌日から、私たちは密かに恋を育んでいくのだけども、それから先のことは、また別の話。
2024.10.31
坂岡 優
最後までお読みいただき、ありがとうございました。 いただいたサポートは取材や創作活動に役立てていきますので、よろしくお願いいたします……!!