「M先生のこと」
嫌いな先生の話はすぐに出てくるのだけれど、好きな先生のはちょっと難しい。
自分の中に多少の照れくささがあるのは否めない。
大学に入るまで、尊敬できる先生に殆ど出会わなかったからかもしれない。
そんな僕にとっては数少ない、好きな先生の話。
それは中学に入って初めての美術の授業。
今考えると、その男の先生はもう50歳くらいだったと思う。
忌野清志郎の歌じゃないけれど、僕は美術のM先生が好きだった。
ボッサボサの髪の毛に白髪の混じった独特の風貌。
他の先生とは明らかに格差のある異質な空気感。
入学式で暴れたヤンキーの生徒もこの先生には反抗しない。
反抗する意味がないのを動物みたいに本能で感じ取っていたんだろう。
初対面のM先生に、僕は勝手な親近感を感じていた。
単純に絵を描くのが好きだったからかもしれない。
自分の前の席の人の似顔絵を描くのが、その日の授業の課題だった。
僕の対象者は、学年で一番のヤンキーのA君である。
まるでマンガみたいな展開なんだけれど、入学式で暴れたヤンキーその人なのである。
彼はところどころ脱色しているかして、髪の色がまだらだった。
だからといって、あまりカラフルな髪の毛を描くと、僕の中学生活もカラフルなものになりかねない。
そこそこ気を使いながら、僕は黒色を薄めたりしてなんとなく髪の毛を塗っていた。
するとM先生が僕の絵を見て、こう言った。
「いい感じなんだけどな、もっと良く観てみると色んな色が観えてくるだろ?」
「はぁ?」
「髪の毛はな、黒一色じゃないぞ。実は紺色っぽかったりとか、もっと良く観たら赤色のところだってあるだろ、な。」
(えっ、あ、赤??赤ってマジで?)と心では思いながらも、
「はい!」
「よし、がんばれ!」
これは後で分かったことなのだけれど、M先生の画風はまるでピカソなのだ。
原型を感じさせない表現で人の顔を描いたり、奇抜な配色で塗ったりする。
しかも美術室までの廊下には、女性の、そのなんというか、
つまり、デリケートな部分までも描いた絵なんかを飾っていたり…。
だけど、とにかく僕は嬉しかった。
小学校ではそんな先生はいなかったし、さすがに美術の先生ならではの意見だ。
嬉しくなった僕は丁寧に、茶色や、光の加減で黄色くなったA君の髪の毛を再現した。なかなかの自信作が出来上がり、僕はM先生を待っていた。
しばらくして、再びM先生は僕のところにやって来てこう言った。
「ん?中井、黄色はないやろう(笑)」
(ほんだら赤はもっとないやろ~っ!!)
と心でツッコミながら、ゆっくりと教壇に向かうM先生の背中を見送った。
その次の週、校門を入ってすぐの玄関に、僕が描いたその絵が張り出されていた。
[2005/10/8 HP更新]
#なごみの手帖