連載《教え子19~塾講師と生徒~淡くてほんのり苦い物語》
中間テスト1週間前。
学校の部活はこの間お休み。勉強に専念することが目的だと言っているがそれは建前で、本音は先生がテスト問題作成にかかる時間を確保するため。
自宅で勉強する生徒もいれば、塾に来ないと遊んでしまうと言って来る生徒もいる。
彩子は、塾に来るタイプの生徒だった。
俺は、小学生の授業が夕方から目一杯入っているし、中間テスト対策のテキスト作りで手一杯。塾に来て自習する生徒の質問に、いちいち対応などしていられない。
ほかの講師も状況は同じで、出来るだけ自習しに来た生徒の対応から避けている。
彩子が、職員室の中の様子を見に、入口のドアを行ったり来たりしている。
小学生の授業をしている教室からそれが見える。
俺は机間巡回をしつつ、教室から顔を出して彩子が俺に気付くのを待った。
彩子がやっと、俺が教室から自分を見ているのに気づいた。
いつものクシャッとした笑顔を向けた。
「自習しに来たの?」
「うん」
「今、授業中だけど、後ろの席でやる分には構わないよ」
小学生たちが、なんだ?なんだ?と一斉に彩子のほうを見た。彩子は一瞬たじろいだが、それもほんのわずかな間だけで、
「いいんですか?」
と、言ってきた。
「構わないよ」
生徒たちは、今度は俺のほうを一斉に見た。え?いいんだという無言の疑問と、彩子に対する興味が半々の顔をしているようだった。
「そこの席で。質問は後でまとめて聞くから」と、指で指示した。
「お邪魔しまーす」と、彩子。
生徒の野口君が「こんにちは」と声をかけてきた。優しいやつだ。
「はい、みんな、問題に集中して」
「はあい」
集中なんかできないよな、と思いつつ黒板のほうへ向かった。
問題を解き始める生徒もいれば、まだ彩子のほうをぼんやり見ている生徒もいる。
黒板を背に生徒たちを俯瞰した。
ここは生徒たちの集中力を研ぎ澄ませるために一言も発言してはならない。
そういうものなのだ。みんなの気持ちが浮き足立っているときに、無闇にこっちがガアガア言うとかえって逆効果で、黙って先生がこっちを見ていると察知すれば一人ずつ集中し始める。
あえて、俺は、彩子の接遇をしなかった。小学生の集中力が優先だ。
机間巡回を始めた。幾人から質問が出始めた。
ようやく彼らは授業に集中し始めたのだ。
ちらっと、彩子を見た。
彩子も自分のやるべきことに集中しているようだった。
生徒の一人が、
「先生!」と、声を挙げた。
「ん?どうした?」
「先生は、あの人好きでしょ?」
みんなが一斉に笑った。
笑えなかったのは俺と彩子の2人だけだった。
「はい、はい、はい、みんな集中しないと終われないよー」
と、咄嗟にみんなをたしなめたものの、
「ああ!先生、顔が赤くなってるー」
と、今度は違う女の子が、すかさずツッコミを入れてきた。
ああ、神様、俺の顔が真っ赤になって凍りついているこの状況を、どうかお助けください!
と、その時、ドアの窓から顔を出したのは、他ならぬ塾長だった。
顔はニコニコしているが、俺を見る目は違っていた。
《沢崎先生、この前、念を押しましたよね?》と、顔で言っていた。
ヤバい。完全にヤバい。
教訓その2。
小学生の直感は侮れない
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