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連載《教え子12~塾講師と生徒~淡くてほんのり苦い物語》

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一斉に照明が落ちた。
電車の中と外の境界がなくなり、宇宙の片隅に放り出されている錯覚を起こした。
ブーっと唸っていた送風もダウンした。
目が見えなくなって初めてそんな音がしていたことに気が付いた。
暗闇と静寂が訪れた。
と、天井から電子音が流れ、直後、何かの通信音が聞こえてきた。
(ジー、・・・間で・・・が・・・)
どうやら管制センターのアナウンスをマイクが拾っているようだ。
「お客様にご案内します」
(しばらく無言)
「先ほど、送電設備に異常が見られ、上下線全ての電車が緊急停止し運転を見合わせました。この影響でこの列車も緊急停止いたしました」
(しばらく無言)
「ただ今、ええ、係員が対応しております」
(しばらく無言)
「運転再開の目処は立っていません。新しい情報が入りましたら順次ご案内いたします。なお、危険ですので絶対に電車から降りないでください」
と、若そうな車掌が、若そうな声で、途切れ途切れ話した。
乗客に不安を与えるには十分だった。
端の方に座っていた大学生風の男子が、
「え〜、どうすんだよお」
と、呟いた。しかし、呟くには余りにも音量が大き過ぎた。
「んもう、なんだよお、異常ってえ、は〜あ〜」
ここまで愚痴る奴も珍しいが五月蝿い奴だ。
ちょっとイラッとして、あっ、と気が付いた。玉城は?
ハッとして玉城を見やった。真っ暗な中に彼女の顔がボーッと光っていた。
ん?あ、スマホか。。。
でも、よく見るとその顔は冷静そのもの。
そうだ、授業中、練習問題を解いているとき、小テストを行っているときに見せる、氷のような、無色透明の、何物にも混じらない純潔さで、何物をも寄せ付けない冷徹さでスマホをいじっている。
俺が自分の様子を見ているのを察し、
「先生、しばらく無理です」
なんと、彼女は、誰よりも早く、情報収集をしていたのだった。
ふと顔を上げ、純潔で冷徹な顔をサッと引っ込め、今度は桃色の頬で不安そうに見つめてきた。
情報収集はできてもこの異常事態に対処する術は私にはありませんとでも言っているようだった。
「大丈夫だよ、じきに動くから」
我ながらあっぱれな空元気だった。
大丈夫な根拠は?
「ああ、あのさあ、電車の中にいれば、そのうち、代わりのバスが来て・・・」
バスが来てなんなんだ?
「だから、俺から離れるな、いいな」
クセー。。。
でもこんな時、ほかにどんな台詞があるって言うんだ。
こんな時、どうやって彼女を守ればいいんだ。
まず、俺がしっかりしないと。
そうだ、俺がしっかりだ。
よし、数時間ここに閉じ込められることを前提として考えよう。
そう思うと少しだけ肩の力が抜けた。
素直に彼女を見ることができた。
彼女の顔をしっかり見て、もう一度、「いいな」と言った。
そして、手を握った。
「こうしていれば大丈夫」
「うん」
玉城も指に力を入れて握り返してきた。
もう片方の腕で玉城の肩を抱いた。
玉城は少しだけ身を寄せてきた。
大丈夫な気がしてきた。
あとは野となれ山となれ。
「先生?」
「ん?」
「汗臭い・・・」
「うっせえよ、黙ってろ」
「フフフ」
「なあ、玉城」
「ん?」
「彩子って呼んでいいか?」

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