ユニリーバ元CEO ポール・ポールマン氏との対談:ビジネスに人間性を取り戻せ
ジャパン・アクティベーション・キャピタルでチーフ・サステナビリティ・オフィサーをしている磯貝友紀です。今回は、サステナビリティ経営を世界で最初に推進し、かつ、株価も3倍にした伝説の経営者ポール・ポールマン(Paul Polman)氏との対談を基に、サステナビリティ経営を通じて、ビジネスと人間性、倫理性の関係を再考したいと思います。
ユニリーバをサステナビリティ先進企業に率いたポール・ポールマン
私は、ポールマン氏と2024年5月に対談する機会を得ました。1時間にわたる対談と、その後のランチをご一緒させていただき、彼のにじみ出る暖かい人柄に強い感銘を受けました。また、その後も個人的に、お付き合いを続け、さまざまな助言をいただいています。素晴らしい経歴をお持ちの同氏ですが、簡単にその経歴を見てみましょう。
ポール・ポールマンは1956年7月11日、オランダのエンスヘデで生まれました。彼はフローニンゲン大学で経済学を学んだ後、シンシナティ大学でMBAを取得、その後、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)やネスレなどの国際的な企業で経験を積み、2009年にユニリーバのCEOに就任しました。
ユニリーバでは、ポールマンのリーダーシップのもとでサステナビリティが企業経営の中心に据えられました。彼は就任翌年の2010年に「ユニリーバ・サステナブル・リビング・プラン(USLP)」を導入し、環境負荷の削減、健康と福祉の向上、持続可能な原材料の調達という3つの柱を掲げました。このプランは、短期的な利益よりも長期的な価値創造を重視するものとして注目され、ユニリーバをサステナブル経営のリーダーへと押し上げました。
ポールマンの経営哲学の象徴的な取り組みの一つが、四半期ごとの利益報告を廃止したことです。彼は短期的な利益追求が、長期的な成長とサステナビリティへの投資を阻害すると考え、利益報告のサイクルを改めました。また、サステナビリティはコストではなく投資であり、企業価値を向上させる手段であるとする信念のもと、従業員や消費者、地域社会、そして地球環境といったステークホルダー全体を重視する「ステークホルダー資本主義」を推進しました。
ポールマンが、ユニリーバのCEOを務めた10年の間に、企業価値は3倍に成長しました。このことによって、ポールマンは、「サステナビリティ」と「企業価値」が両立することを自ら証明して見せました。
ポールマンはユニリーバを退任後も、Imagine財団を設立するなどサステナビリティ推進の活動を続けています。また、著書『Net Positive』では、サステナブル経営の実践方法を解説し、多くの企業に新しい経営モデルを提案しています。
「行動しない場合のコスト」を考慮すれば、サステナビリティ経営は当然の理である
ポールマン氏との会話の中で、たくさんの示唆をいただきましたが、やはり一番にお伝えしたいことは、「行動しない場合のコスト=Cost of inaction」についてです。ポールマン氏は、世界が気候変動に対処しなければ、世界の総所得が20%減少し、全企業に大打撃を与える、つまり行動しないコストは行動するコストをはるかに上回ると指摘しました。Cost of inactionの考え方は、私もあちこちで指摘しているものですが、このように「世界所得の20%が減少する」と言われると、改めて、ビジネスへの影響がぐっと現実味を帯びてきます。
更に、サステナビリティに投資することは、より直接的なビジネスメリットも存在するとポールマンはいいます。例えば、コスト削減。バリューチェーン全体をサステナブルなものにすると、コストを9-16%節約できることが、研究からも明らかになっていると、彼はいいます。例えば、無駄な肥料の使用を辞めたり、バリューチェーン上で廃棄される食品ロスを抑えたりすることで、コストを減らすことができるでしょう。また、ばらばらに動いているバリューチェーンを一気通貫して最適化することができれば、エネルギー効率を上げ、CO2排出量を下げると同時に、燃料コストを削減することができるでしょう。
加えて、人々のモチベーションが高まることで、収益性が大幅に上がるという点も、サステナビリティ経営の重要なリターンだとポールマンは指摘します。現在、高いエンゲージメントを持って仕事をする従業員は15%に過ぎず、エンゲージメントの欠如によって、ビジネスに80兆ドル以上の損失をもたらしていると試算されているそうです。サステナビリティ経営を行うことで従業員のエンゲージメントが上がることは、さまざまに指摘されていますが、経営者として、ポールマンはその効果を深く実感しているようでした。
これらは、まさに、私が指摘してきた「未来の稼ぐ力」と「インパクトパス」の考え方に重なります(そもそも、ユニリーバ等の考え方を基に作成したフレームワークですから当然ですが)。詳しくは、「儲かるサステナビリティ経営:3つのポイント」を参考にしていただきたいと思いますが、「調達力」や「人材力」という「未来の稼ぐ力」をサステナビリティ活動を通じて社内に蓄えていくことで、「未来の財務リターン」を確保する、この因果の道筋(インパクトパス)をポールマンは明確に見定めてきた、その結果、2009年という早期から、何の前例もなしに、サステナビリティ経営を実践し、その結果として財務リターンをしっかり上げ続けることができたといえるでしょう。
他方で、多くの経営者の方が、「長期的に重要なのはわかってはいるが、いつリターンが返ってくるか明確ではないものに投資の判断ができない」と悩んでいらっしゃるのではないでしょうか。それに対して、ポールマン氏は「それは企業がこれまでもしてきた決断と同じだ。企業は収益化できるまでに10年かかる工場や海外進出に投資したり、25年かかる人材育成に投資したりしている。それと同じことなのに、なぜ人類の未来には投資しないのか?」と答えます。
私も繰り返し述べていますが、サステナビリティ経営は、従来の経営と異なるものではありません。リスクを最小化し、成長を最大化するものにしっかりと資源配分を行う。リスクや成長に、これまで考慮してこなかった環境や社会という新しい側面が付け加わったにすぎません。人材や海外工場に投資ができて、サステナビリティに投資ができないのは、環境や社会を含む「インパクトパス」をまだ考え抜けていない、十分に腹落ちしていないことが要因なのでしょう。
協力することで、歩みは確実に進んでいる
他方で、「一企業の努力なんて、大海の一滴、努力しても効果なんてほとんどない」という声も聞こえてきそうです。確かに、一企業の力には限界があります。さらに、例えば、環境汚染を垂れ流して、安く商品を売るような企業が罰せられる仕組みがない限り、せっかく努力する企業がいても「正直者がバカを見る」結果になってしまいます。
それに対し、ポールマンは、「協力することで、私たちの社会は確実に進歩している。そして、協力することで、ほとんどのサステナビリティ課題を解決することができる」といいます。
その成功事例が気候変動対策です。気候変動の問題は、壮大すぎて、こんなちっぽけな私たちに一体何ができるのか、もう遅すぎるのではないか?と、ペシミスティックな気持ちになることの方が多いでしょう。しかし、過去10年を見るだけでも、私たちが協力を決意し、行動を進めることで、少しずつ状況が改善していることがわかります。
具体的には、パリ協定が採択された2015年には、世界の平均気温が約3.5~4度上昇すると予測されていましたが、2021年のグラスゴーで開催されたCOP26では、その予測が約2.5倍の上昇に下方修正された、という事実が挙げられます。2015年、世界の気温が4度上昇するかもしれないという危機感にようやく、人々が一つになろうとし始めてから、たった6年で、私たちの「協働」が、(不十分だとしても)これほどの効果を生み出したことは、ほとんど強調されていません。
また、ポールマンは、既存の技術で私たちが直面している課題の70-80%は対応できる、と言います。しかしながら、それらの技術を使って問題を解決し、かつ、利益を確保するためには、「企業間の協力」が欠かせない、とも。
例えば、サステナビリティ課題を解決する技術を導入しようとすると直面する課題の一つに、「値段が高い」という問題があります。技術は存在するのだけれど、まだまだ使う人が少ないので、スケールメリットが出ず、どうしても高額になってしまいます。しかし、クリティカルマスとなる責任ある企業が十分に集まり、「協力」すれば、最終的には突破できる、と彼は主張します。「問題は費用曲線なのです。多くの企業が共同し、ファースト・ムーバーズ・コアリション(最初に動く企業連合)を形成することで、需要を集約し、費用曲線が下がるのを早められるでしょう。」とポールマンは述べています。
これは、私が拙書『必然としてのサーキュラービジネス』の中でも繰り返し主張し、いくつかの成功事例を示してきたことでもあります。
例えば、デンマークの海運大手のマースクは、このような方法で、グリーンメタノールの市場を生み出し、価格を下げることに成功しています。マースクは海運の脱炭素化を進めるために、グリーンメタノールの導入を検討しますが、当時、グリーンメタノールは通常のメタノールよりも大幅に高額でした。しかし、マースクは、「値段が高いから導入できない」とあきらめるのではなく、「グリーンメタノールの長期のオフテイク契約を結ぶことによって、自ら率先してスケール市場を生みだし、サプライチェーン上のプレーヤーの設備投資を誘導し、結果、価格を下げていく」ことに成功したのです。こうした事例は、他にもいくつも上げることができます。
(この点は、クーリエ・ジャポンの連載記事「【マースク】脱炭素化をリードする経営戦略で「次の市場」の先行者になる」で詳しく紹介しています。)
ポールマンは「一丸となって取り組むパートナーシップを築ければ、もはやそれは、技術の問題ではなくなります」と述べています。
強欲が不足を生み出す
ビジネス上の示唆もたくさんいただきましたが、今回の対談で最も印象的だったのが、一人の人間としての生き方を問う、彼の姿勢でした。ポールマンは、「気候変動・食糧危機・貧困などを問題視する人がいますが、これらは本質的な問題ではなく、症状に過ぎないと思います。社会で起きている本当の問題は、人間の強欲さや無関心、自己中心的な考え方であり、それは人的な問題なのです」と指摘します。そして「強欲さが、結果、不足を生み出すのだ」と。
例えば、最近では、カカオの価格が10倍に跳ねあがり、入手困難となっていますが、バリューチェーン最上流のガーナのカカオ農家の収入は変わっていません。明らかに不公平な分配が起こり、誰かが、カカオの高値のメリットを独り占めにしているのです。こうした事態は「不公平」であるばかりか、バリューチェーンを危機にさらします。カカオ農家の人々を、継続困難な状況に追い込んだり、「ばかばかしいから農業なんてやめよう」と農業を放棄したりすることにつながるかもしれないからです。
誰かの強欲が、バリューチェーンを危機にさらし、最終的に不足を生み出すことにつながります。そうだとするなら、サプライヤーを締め上げて、短期的に搾取するよりも、バリューチェーン全体にわたって、公平に価値を分配し、共に長期にわたって栄えるほうが、ずっと人間的であり、かつ、事業のレジリエンスが高まるという点で、ビジネス上も合理的なのです。
ビジネスとは、人間の営みの一部であり、ビジネス上の合理性とは、根本的に公平性や思いやりといった人間性の一形態に過ぎない、と私は考えています。ですから、近年、マルクス・ガブリエルの「倫理資本主義」が人々の心をとらえ、また、NTTが「京都哲学研究所」を立ち上げ、ビジネスを倫理、哲学の視点からとらえなおそうという動きが活発化したりするのは、ビジネスが人間性を失いかけた時代において、当然の回帰といえるのではないでしょうか。
ポールマンは、卓越した経営者であるとともに、目の前にいる人を包み込むような暖かな、包容力に溢れる人物です。同時に、私たちが今に満足し、コンフォートゾーンに安住することを許さないようなチャレンジを仕掛けてくることも常に忘れません。それを彼は「勇気あるリーダーシップcouageous leadership」と呼びます。
Courageの語源はラテン語で心を意味するcorです。直訳すると「心の中にあることを口でいう」という意味。「必要な目標を掲げ、自らが及ぼすすべての影響に責任を持ち、パートナーシップで共同することは、全て勇気を必要とします」。このような勇気あるリーダーシップが求められており、それをポールマンは実践し続けてきました。
対談を締めくくる言葉として、ケニア出身のノーベル平和賞受賞者であるワンガリ・マータイ氏の言葉を引用したポールマン氏。ビジネスに人間性と道徳性を取り戻す。当たり前のことなのに、当たり前にできていないこと。混迷する世界の中で、平和と経済的豊かさを享受する私たちに、ビジネスパーソンとしての高潔さとは何か、私たちの義務とは何か、ビジネスを通じてできることは何か、深く考えさせられた対談となりました。
ーーー
著書:
『SXの時代』、
『2030年のSX戦略』、
『必然としてのサーキュラービジネス』