毎日400字小説「交差点」
「本当にお世話になりました。いろいろ我儘も聞いてもらって迷惑かけました。ありがとうございました」仕事相手が頭を下げ、森田哲史も慌てて頭を下げる。「こちらこそ最後までやらせてもらって光栄です。これまでで一番いい仕事が出来ました」一年かかった仕事が今日で終わるのだった。相手とは週五で会って密なやりとりをしていた時期もあるし、終電を逃して一緒に駅前のネットカフェで泊まったこともあった。何度も変更を求めた結果最初の案に戻るようなこともあって、仕事をしている最中は正直腹が立ち、声を聞くだけで神経に触ったこともある。でも望むような形で終わりとなった。「森田さんだからできたんです」そう言われて寂しくなっている自分を発見する。明日から会うことはないと思うと別れがたい。全くプライベートな関係でもないのに。交差点には大勢の人が立ち、信号が変わるのを待っていた。森田は一つ息を吐くと、次の仕事相手のところへ足を向けた。