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毎日400字小説「ある書店員」

「あなたは子供産まなきゃダメ。全然なってない」と、今日会ったばかりの客に言われ、イワブチはキレた。接客態度を咎められ怯んだところに「あなた子供は?」と訊かれ、答えたら、ふっと鼻で笑われ、「やっぱりねぇ」と言われたのだった。六十か七十か、おそらくその年代では珍しい大学出の女性で、こちらの知識を試すような問い掛けをしてきては、そんなことも知らないのかと見下してくる。「これではないのよ」「これも違う」一時間以上彼女の問い合わせに応対し続け、イワブチは何度、「いやもう買う気がないなら帰ってくれ、他に客はいるのだから」と声をあげようとしたかわからない。その挙句の「子供産まなきゃダメ」だった。このご時世に。たった数時間しゃべっただけの人間に。よくもそんなことを言えるものだとむしろ恐れ入る。虐待で死なせてる親がいるのに子供を産んだら一人前っていう感覚が信じられない。怒り狂うイワブチを、同僚は冷ややかに見ていた。

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