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snafu_2020
毎日400字小説「初恋」
ぐんと体を伸ばす。水を掻く。足を交互に上下する。水面に口を出して息継ぎをする。
水の中、美佳子の身体は地上にいるときよりしなやかに、力強く動く。三歳で入会したスイミングスクール、背の届かないプールに入れられたとき、ここが私の居場所だと、頭じゃなくて感覚でわかった、それからずっと、美佳子は水の中を愛した。青いプールの底から見る景色を愛した。水を押しのけるときの、かすかな抵抗を愛した。水は実日子の身体を軽くする。水中でくるくると何度も回転した。肌との境目がわからなくなるぐらいだった。
そして今、息継ぎのたびに歓声が聞こえている。水泳大会が開かれていて、百メートル自由形の決勝である。けれど美佳子には観客も隣のコースの人も、関係ない。ただ、水と戯れているだけだ。
一番で壁にタッチした。水から顔を出した美佳子は、そこで初めてドキリとする。太陽よりも眩しい男の子の笑顔が見下ろしていた。