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毎日400字小説「WONDA」

 とん、と、マウスを持つ私の右手の横にいきなりWONDAの赤い缶が置かれて「やる」と、低く呟くようなそっけない声が降ってきたとき、私は缶を置いた左手の薬指に光る輪っかを見ながらも、きゅっと、胸が期待に縮むのをどうすることもできない。「アイス買おうと思ったのに間違えてよ」と言う彼の右手には同じ赤い缶が握られていて、私の期待は早くも打ち砕かれるのだけど、仲のいい後輩という役割に逃げ込むことは許されている。「私だってホットなんかいらないですよ」唇をつき出して言いながら、私はズルい、と思う。この人は私の好意を知っている。そして私は後輩でいる限り、この甘噛みのような関係を続けられる。本当は、むしゃぶりつくように抱きついて特別になりたいのに。
 こんな気持ちはいつか伝えなくてよかったに変わるんだろうということは経験でわかっている。でも、熱い缶に手を触れながら、私は胸の中に流れる血を、見せたくなっている。

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