アメイジング・クッキング

 物語はここから始まる。
 どこからか?
 それは私が気まぐれに振り絞った勇気から始まる。


 最近知った喫茶店で、私は今日もその画面を眺めていた。
 壁の高い位置に掛かっている液晶テレビ。映っているのは、パステルカラーの食器棚や鍋、スプーンのたぐい。カメラはよどみなく人の手元を追っている。
 その指先は料理をしていた。今日はどうやらお菓子を作っているようだ。このまえ来たときはドリアを焼いていたのだが。
 私が食い入るように画面を見つめている間に、ふわりと香りを漂わせて紅茶が運ばれてきた。やはり画面に目が釘付けになったまま、熱い紅茶に口をつけた。
 画面の指先は器用だ。音すら立てず、てきぱきと計量カップを傾け、鍋に牛乳を注いでいる。

 爪の先ほどしかない、雪平鍋に。

 使っているのは、親指と人差し指だけ。つまむようにヘラを持ち、鍋の取っ手を握り、かき混ぜ、煮立たせている。その熱源でさえ鍋に見合った大きさであり、小ささであった。
 あんな小さな設備にガスが通っている。シンクめいたものも横にあり、もちろん水が出る。

 これを、見せたい。
 この魔法のような指先を、君に。

 テレビはプリンを作り終え、次は小麦粉を百円玉のようなふるいにかけている。たいていのものは三分も経たずに完成した。次から次へと指先からお菓子が生まれ、皿に盛り付けられていく。もちろん、爪楊枝より短いフォークやスプーンも添えて。
 普段ならば店員に声などかけない。何がそうさせたのだろうか。熱い紅茶だろうか。たまたま店員が私のテーブルの側を通ったからだろうか。

「すみません、あの」

 私は声を張り上げていた。店員は立ち止まった。
「あの、テレビ、なんですけど」
 店員が私の視線を追い、そこで意味を理解したようだった。私は勢いのまま続けた。

「撮っても、かまいませんか?」

 あきらかに店員が目を丸くした。私はおかしな客になってしまった。お菓子なだけに。
 寒々とした心持ちでいると、店員がふと笑いかけ
「ユウチュウブですね」
 と、言った。

「ユウチュウブ!」
 私は叫んでいた。知らないわけではないが、私の知っているユウチュウブなるものは、再生回数を稼ぐために品行のよろしくないことをしているイメージがあった。
 こんな、惹きつけられ、和やかになる動画もあるとは。
「撮っても問題ないと思いますよ」
 にこやかなまま告げる店員に、私は年甲斐もなくはしゃいで礼を言い、画面から視線を外し、ようやく落ち着いて紅茶を味わったのだった。


「で?」
 私の話を聞いていた君は、続きを促した。私は悄然としたまま
「紅茶を飲んでいたら、テレビの近くに客が座った」
「つまり、遠慮して撮れなかった、ということで?」
「そう」
 私はうなずいた。ぱっと顔を上げる。

「でも、いいんだ」

 今の声は、君にはふてくされたように聞こえたかもしれない。だが私は本当に、そんなに悔やんではいなかった。君は信じないし、わからないかもしれないけれど。

 いつか、ユウチュウブを検索してみよう。そう思ったのだ。

 求めずとも情報があふれる時代になった。それでも求めて見つけたい、君にも見てほしい、そんなふうに思えるものが、あったから。
 だから見つけるまで、君はわからないままでいい。



2022/2/18 診断メーカー「あなたに書いて欲しい物語」より

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