覚めない夜のオルゴール
小さな駅に降り立つ。
二両編成の列車は去り、プラットホームにはひとり。
さあ、どこへ行こうか。
街角の菓子屋に立ち寄る。
バニラアイスをトリプルで、チョコチップをふんだんにかけてもらう。氷のカップを片手に坂道を上っていった。
暮れなずむまどろみのような街。
厚い外套の襟をかきあわせ毛皮の帽子をかぶりなおし、白い石畳の大通りを抜けて、ショーウィンドウをのぞく。
途中で、上着を腰に巻いた人とすれちがった。
道はゆるやかに右へ曲がり、螺旋はどこまでも続いている。
「ここではアイスもあたたかい」
階段に座った露店商がつぶやいた。
「氷が器になるくらい?」
ひろげられた品々を眺めながら言えば、フードの奥から忍び笑いの気配がした。
「巻いてみて」
片手を指さされ、きょとんと視線をうつす。いつのまにか氷のカップは消え、片手には紅い天鵞絨の張られた箱。言われたとおり螺子を回してみた。
ゆっくりと蓋があいて、硝子のような音階がこぼれてきた。流れる五線譜は、追いかけ、重なり、ひろがっていく。
儚い旋律、透明な調べ、どこか遠くで、かちん、と止まった。
「お土産にいかが」
止まったと思ったそれは、てのひらで奏でつづけていた。
まだ夜は始まったばかり。
2020/8/6 「わたしの街の駅名を」企画参加作品
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