02 屋上
ここです。昔、住んでいたところ。
よく脱走をしていました。ぬかりなかったんです。
宅配の人が来るでしょう、玄関を開ける。そうしたらもう、一発です。
するりと足元を毛並みがすべったかと思うと、あの子、全速力で共用廊下を走って非常階段を駆け上がって、人間じゃとうてい通れない柵をすりぬけて、屋上で、ごろり。優雅なものでしょう?
ケージには入れてませんでした。だって、あの家はあの子の家でもあったんですから。
何度も名まえを叫びました。マタタビだって惜しみませんでした。
でも、だめなんです。呼んだら、よけいにとどかない。
今でも思うんです。あの子、何を見ていたんだろう、って。
誰も入れない、風だけが吹きつけてくる、カラスはさらに遠い壁の上。そんな世界で、ひげをそよがせて、いったい何を考えていたんだろうって。