青藍、君を覚ゆ

 あまり長居はできない。
 いつもそう言い聞かせて、病院の自動扉をくぐる。

 千沙ちさは花が嫌いだ。

 どんなに美しい花でも、しかもそれが快癒を願う花束であっても、活けるのが面倒だ、数日続く世話も面倒だ、と言う。あげくには、いずれ枯れる生ゴミを持ってくる神経がわからない、と突き放す。入退院を繰り返しているから、そういった「ありきたりなお見舞い」に飽いたのだろう。

 疫病が流行っていた。いや、今のところ治療薬らしきものも開発されていないので、現在進行形で流行っている。
 だから本当は、面会も控えるべきだった。
 それでも千沙に会いに行くのは、それが彼女の、花束よりも欲しいものだと名指しされたからだ。いわゆる特権というやつだ。
 命の短いものが貫ける特権。僕にとっては、堂々と会いに行ける口実。

 静かに病室の扉を開けると、千沙はベッドの上で熱心に破壊行為をしていた。

 僕は黙ったまま窓辺の椅子に座り、千沙が手にしている凶器に視線をやった。
「よく、持ってたね、そんなもの」
「いいでしょ、枝毛とか、目についたときにすぐ切れるの。あと、逆剥けとか」
 最近、切れ毛も多いんだよね、と眉をひそめる。

 千沙の手には鋏が握られていた。小さな、すぐにてのひらに隠せるサイズのものだ。それを使って、千羽鶴を破壊している。千羽つないだ糸を、ブチ、ブチ、と切っているのだ。

「鶴は嫌い?」
「嫌いじゃないし、好きでもない。千羽もいらない、だけ」
 なるほど。花と同じ合理的な理由だ。

「折ったのがさ、鶴じゃなくても、ひとつでいいってこと?」

 問えば、千沙は顔も上げずに鋏を動かしながら、うん、と返事をする。
 はたり、ほろり、繋ぎ目をなくした鶴がシーツの上に羽ばたいていく。色とりどりの羽が、あちらこちらを向いていた。

「ひとつでいいよ。ひとつだけしかないもの」
 糸を睨みつけて、パチン、と刃が噛み合う。
「いのちの数って、千もないんだから、これじゃあ強欲だよ」
 祈りのように、千沙は言う。

 僕はそっと、床に墜落した鶴を拾い上げた。
 青い鶴だった。
 きちんと角を合わせて、丁寧に折られた鶴だった。

「じゃあ、ひとつなら、滅びたいのちでもいい?」

 初めて、千沙が顔を上げた。意味を問うように、僕をじっと見る。
 僕は青い鶴を広げた。少しずつ、折られたときと同じくらい、丁寧に開いていく。

 真四角の青い紙に、もう一度、いのちを吹き込むべく。

 千沙は鋏を動かす手を止め、微動だにせず僕のゆびさきを見つめている。
 中盤で、鶴の羽のように折る、けれどそれは、すでにこの世界にはいないいのち。

「ほら、できた」
 手乗りサイズのブラキオザウルスが、滅びたはずの青いいのちが、遠からず消える千沙のいのちに、手渡された。



2021/11/27 「うさちゃんとうでだめし」ワンライ企画参加作品
加筆修正したものです

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