出口のない箱庭
Side out
それは美しく完成された世界だった。すべてが調和した、本物のような偽物。ここにある砂は、いつかあの子を潤すだろうか。穏やかに閉じられた庭で、今も眠った夢を見ている。
けれど、ときどきふと思うのだ。
眠った夢を見ているのは、ほんとうにあの子だろうか。
もしかして、それは、わたしなのではないだろうか。
ほんのすこし黒い――焦燥がよぎる。
あの子のことについてのいくつか。
あの子は箱庭で暮らしている。
ゆっくりと静かな時間を慈しみ、醜いものを知らぬまま、同じ日をくりかえしている。
あの子は夢であり、幻だった。
だから今夜、わたしは箱庭の境界に桜の枝をもたせかけた。
箱庭の外から降りそそぐだろう薄桃色の花弁が、あの子の笑顔をいざなえるように。
ゆっくりと静かな時間を慈しんでいるのは、わたしなのかもしれない。
けれどもわたしは箱庭の外の世界にいる。この世界には出口がない。
わたしではガラスのお城に住めないのだ。
それはきっと、静かな絶望と呼ばれるのだろう。
Side in
箱庭の外に花が咲いている。最果ての向こうから伸びた枝に、薄桃色の花弁がこぼれている。
サルヤの花だ。
朝に現れ、夜に消える花。去る夜の花。
最果ての向こうには誰がいるのだろう。誰が朝に花を置き、誰が夜に花を運び去るのだろう。
わたしは、そんなあなたにこそ去ってほしかった。
きっとわたしは愛されているのだろう。
触れ合えなくても、それを感じることができるのならば、きっと幸福。
なのにどうしてだろう。こんなにもからっぽなのは。
ガラスの瓶のようなお城のなか、出口のないこの世界には、わたしだけが埋まっている。
2022/5/3 「箱庭文学」企画参加作品
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?