はじめの洗礼。|キューバ56日ひとり旅 #1
時差ボケによる浅い眠りから、夜明け前に目が覚めた。
なるべく物音を立てないよう二段ベッドのはしごを慎重に降りる。iPhoneのライトを手で囲いながら、かすかな光を頼りにザックから着替えとタオルを取り出し、浴室に向かう。
案の定、シャワーの出はか細いが、予想に反してちゃんとお湯が出る。頭から爪先まで、狭い範囲を一箇所ごと丁寧に、指の腹を使ってこすり洗っていく。
速乾タオルで水気を拭い、新しい服に着替えると、ようやく長時間移動から開放された心地になった。
ハバナのホセ・マルティ国際空港に到着したのは前日の22時40分。キューバの地にランディングしたとき、帰国者と見受けられる乗客たちから拍手が起きた。これは、拍手を送れないときもあるのだ、という逆の状況を思い起こさせ、少々肝を冷やした。
預け荷物についてもヒヤリとさせられた。
日本からキューバへの直行便はなく、今回はメキシコシティ経由の便を利用。搭乗するアエロメヒコ航空のホームページを事前にチェックすると、預け荷物については一度トランジット地点であるメキシコシティ国際空港で受け取り、乗り換え専用のレーンに流す必要がある、と書いてあった。
指示通り、バゲージクレームエリアで待つ。最初の荷物が出てくるまでに数十分。客が数人の回転寿司屋かと思うほど、小出しに流れてくる。
1時間ほど待ち、あたりを見渡すと、荷物を待っている人はいるのだが、自分が乗っていた便の客となんだか違う雰囲気がある。嫌な予感がして、レーンの小さな電光掲示板を見に行くと、シカゴ便と表示されていた。
心臓がバクバクし始める。ロストバゲージなのか。だとしたら面倒くさいし、乗り換えまでの時間も迫りつつある。嫌だな、怖いなと思いながら、インフォメーションに駆けて行く。
担当の女性は、私の拙い英語での訴えを表情ひとつ変えずに聞くと、「キューバにダイレクトに行くよ」とだけ答えた。あまりにもあっさりとした回答に、口があんぐりとしてしまう。いやいや公式ウェブサイトと書いていること違うやんと思い、念を入れて再確認する。しかし返事は同じ。
「ファック、アエロメヒコ」
そう言わずにはいられなかった。
もちろんインフォを離れたあとで。
念願の対面を果たしたのは、ハバナの空港に到着してから1時間後。
この待ち時間はとてつもなく長く感じた。空港スタッフの真似をして、レーンの端に腰掛けて待つ。ロスト時の対応をどうするかを考え始めた時、ようやく流れてきた。
迷子になった我が娘を見つけたときの喜びはかくなるものかと思いながら、パタゴニアの黒いザックを両手で優しく取り上げ、抱きしめた。
こんなレベルのことを洗礼と言うと、旅慣れた人からの嘲笑を買ってしまいそうだが、およそ5年ぶりにひとり旅に出た身にはまあまあ応えたのであった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?