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ナボコフ全短編「森の精」を読みました。失われた故郷の記憶。

ずいぶん前に買って満足して、ほとんど読んでいなかった「ナボコフ全短編」を読み始めました。感想を書いていきたいと思います。

「ナボコフ全短編」というこの本を買ってはいますが、私はナボコフについては詳しく知りません。きちんと読んだことがあるのは「ロリータ」くらいでしょうか。ロシア(ソ連になる前の)からアメリカに亡命したことくらいは知っていました。

「森の精」は語り手とどこからか現れた森の精の会話を活写した5ページの作品です。
会話というよりは、森の精が一方的に話しているだけですね。
森の精は、自分の居場所が失われる様を語ります。居場所を探し旅し、そしてこの国(ロシア)にはもう自分の居場所が見つからないことを語り手に話します。自然破壊だけではありません。

見ると、人間たちが寝っ転がってじゃないか。(中略)そこで、もっと近くによってよく見たら、驚いたのなんのって! 首が赤い糸一本でつながっているやつもいれば、お腹のあるはずの場所にころころ太った蛆虫が山のように群がっているやるもいる……。

「ナボコフ全短編」ウラジミール・ナボコフ著 作品社 P17

人もまた、自然と同じように破壊されています。著者の故郷を思う想いと、当時のロシアの状況を見た時の著者の考えた反映されていると思います。

著者にとっては故郷の状況(当時の)を知ってもらうことを主題にして書いたのかもしれません。
自然破壊の描写もあり「文明批判」とも読み取れなくもないですが、おそらくそういうことではないと私は思います。引用した、人間のくだりがあるからです。人間も含めた生命の破壊。文明の発達は自然の破壊をともなうこともありますが、そこには人間社会の発展も含まれていると考えます(そのために自然を破壊していいわけではありませんが)。しかし、この物語には守べき人間も破壊しています。
いったいどうしてそういう状況にあるのかはこの物語では語られません。森の精個人の視点で状況を語っているだけだからです。森の精は人間ではないので、人間視点での状況を語っているわけでもありません。自然を擬人化しその状況を語り、読者にその先(何が破壊の主か)を考えさせる構成になっているように思えました。
意図的にそうしているのでしょう。そのまま読んでいても、幻想的な文章は読みごごちがよいですし、一歩思考を進めれば色々考えさせられる作品でした。

インクびんの丸い影が震えている。ぼくは物思いにふけって輪郭をペンでなぞっていた。

「ナボコフ全短編」ウラジミール・ナボコフ著 作品社 P15

印象的な冒頭の始まり方ですね。先に引用した人間のくだりも残酷ではありますが、破壊された人を描写するために切り取った場面は幻想的ですね。

破壊されている様を主題として描いています。同じ主題でもそこに「その状況に対して、何か強く訴える」かたちで描く人もいます。そうすると、主題がわかりやすくなって読みやすいです。主題が同じでも、この作品のように直接語らず、描写から考えさせる作品もあります。
同じテーマでも語り方を変えることで全く違く作品になるのだろうな、と考えました。


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