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妖異金瓶梅「赤い靴」を読みました。動機の異常さに驚く。

妖異金瓶梅(山田風太郎 著)「赤い靴」を読みました。
妖異金瓶梅は、中国の「四大奇書」のうちの「金瓶梅」に題材をとした、連作推理小説です。
「推理小説ってどんな小説だろう」と思い、それを調べるために手に取りました。Kindle Unlimited で古典の推理小説あるかなと思いましたが、有名なものはないですね。山田風太郎さんの小説はたまに Kindle Unlimited に入っているので探したら妖異金瓶梅があったので、読み始めました。
今回読んでいるのは、Kindle Unlimited にあった角川書店の本ですが、本棚を探せば扶桑社の本は持っています。当時(約二十年前)読んだとき面白かった記憶があったので、再読です。スマホで読みたかったので、Kindle Unlimited で読んでいます。

「推理小説」とは、作中で「謎など、読者が不思議に思うこと」を提示し、「その謎の解明を作品の主とした物語」となります。その謎がたとえば殺人であれば、そこには「動機」があり、その「動機」のほうが作品の主題となることもあるので、「推理小説」とは「謎の解明をテーマとした物語」もしくは、「謎の解明によって、そのテーマが浮かび上がる物語」と定義してもいいのかもしれません。例外はたくさんあると思いますが、一応こう定義します。
しばしば「推理小説」の批評として「人間が描けていない」というとき、「謎の解明をテーマ」としていることが「多いのではないか」と類推します。わたしとしては「人間が描けてないってなんだよ。小説は必ず人間を描かなければならないのかよ」という思いはありますが、わたしとて、作品を読んでいて一番興味があるのは人になるのでしょう「人間が描けていない」という気持ちがわかる作品にであったこともあります(特に特定の作品を思い出していません。そう思った記憶があるというだけです。最初から最後まで、印象が変わらない人物が物語の主にいるときはそう思ったような気がします)。

と、私なりの推理小説観はおいといて、作品について語りましょう。
舞台は古代中国「金瓶梅」の時代。作中では何年ごろなど出てきません。「金瓶梅」を知っている前提で話が進みます。なんとなく、古い時代の話だなくらいに思いながら読んでも支障はないです。
そして、豪商である西門家の主人西門慶とその愛妾たち、西門慶の悪友応伯爵という人物たちを中心に物語は進みます。四十頁ほどの作品です。
物語はの刑という、囚人の指、腕、足の関節、さいごに頸を斧で切っていく刑罰を見物に行く前の西門家の描写から始まります。
この刑罰を模したような殺人が起こり、それは誰が何のために殺したのかがこの物語の「解明すべき謎」として提示されます。殺されたのは西門慶の第七夫人の宋恵蓮と第八夫人の鳳素秋。二人は両足を切断され殺されていました。宋恵蓮の足(靴を履いていない)は遺体とともにあったのですが、鳳素秋の足はありません。応伯爵は第五夫人である潘金蓮とともに、第四夫人の孫雪娥の房の前に紫色の靴を履いた鳳素秋の足が落ちていました。
殺人があった夜屋敷に残っていたのは、応伯爵、孫雪娥、潘金蓮、宋恵蓮、鳳素秋(屋敷の小間使いなどは数人残っていたとは思いますが、事件は孫雪娥、宋恵蓮、鳳素秋の房がある場所で起こっています)。
容疑者として応伯爵が疑うのは、夢中遊行という病気(夜ふらふらと出歩く)である孫雪娥(宋恵蓮と鳳素秋と争う描写がある)。中庭とは反対の西の小窓の先にある、大きな足跡を応伯爵は確認する。この描写は、読者に孫雪娥が犯人ではないという判断を与える(応伯爵は確認だけで具体的な判断はしない)。宋恵蓮の部屋に残っていたのは、料理好きの孫雪娥の包丁。証拠品が読者の判断を迷わせています。
鳳素秋の足は見つからず、紫の靴だけ見つかります。

「一本の足に、二つの靴か。平仄が合わん。……」

「妖異金瓶梅」山田風太郎 著 角川書店 P29

と応伯爵はつぶやき。このことが重要な謎であることを読者に示します。なぞ、一本みつからず、宋恵蓮の靴は見つからないのでしょう?

「つまりだ。きくところによると、雪娥は、素秋と恵蓮をにくむこと甚だしいものがあった。たまたま三、四日まえにあの刑を見物にいったものだから、その憎悪の心と刑の手段が、夢中にくみあわさって、それでふたりを殺したのだろう」

「妖異金瓶梅」山田風太郎 著 角川書店 P30

何九(検屍役人)は応伯爵に説得力(心中を勝手に考えているが)がある理由を述べ、雪娥が犯人だと読者に思わせていますね。いわゆるミスリードですが。それを聞いた応伯爵は雪娥が「どういう足どりで、ふたりの足をきってまわったか」ということに疑問を持っています。読者を混乱させますね。
状況証拠(殺されたふたりに恨みを持つ。凶器の所有者)は雪娥が犯人といってますが、夢中遊行である雪娥が犯人であるとも思いません(この病気が「嘘」である可能性もありますが。「嘘」であれば、ずいぶん前から「嘘」ついていたことになり、殺人の計画性があらわになりますね。そうだとしたら、その理由も知りたくなりますね)。加えて、事件があった夜、応伯爵や金蓮が聞いた音から推理すると、雪娥が犯人とするとつじつまがあわない。
このように、犯人である可能性もあるが、ないかもしれないという疑いが作中で雪娥に向けられていて、読者に興味を持たせていますね。
応伯爵はずっと「素秋の左足と、恵蓮の赤い靴」が見つからないことにこだわります。

「ここに、おそろしく女の靴に熱心な奴が一匹おりましてな。(中略)」

「妖異金瓶梅」山田風太郎 著 角川書店 P32

ここで、靴に異常な執着をもつ来旺児について応伯爵が言及します。来旺児が足や靴に執着する描写はあったので、読者は来旺児に言及しないことにもやもやしながら読んでいたことでしょう。物語上は雪娥に疑いが向けられていましたが、読んでいる人は来旺児が犯人だと思っていたのではないでしょうか。来旺児は逐電していました。物語は来旺児を犯人として収束してい行きます。

主に、謎について描きましたが殺人が起こる前、孫雪娥、潘金蓮、宋恵蓮、鳳素秋が少しやりあう場面があり、対立から人物を浮かび上がらせてきました。描写の中心として描かれる応伯爵は魅力的に描かれているので、応伯爵がどのように事件を解決するのだろうという視点で物語を追えます。短い話なのに、人物の魅力が描けていてすごいですね。「人間が描けていない」とは思いませんでした。しかし、犯人である来旺児について、足の執着について、そのような執着がどのように生まれたのかが描かれてはいません。そう考えると「謎の解明によって、そのテーマが浮かび上がる物語」としては弱いですね。応伯爵が魅力的なだけのキャラクター小説としか読めないです。殺人に関しても、なにかトリックがあるというわけではないので「謎」がテーマともいえないような気がします。「足の執着」の理由を描いていれば(執着する場面はあって。その場面は刺激的でよかったです)、それがテーマとなり面白いと思えたでしょう(谷崎潤一郎の「刺青」なんかは、「刺青」に異常に執着心をもつ男の話ではなかったでしたっけ? そんな感じのテーマとなる)。それはそれで面白いですが、この作品はそちらには向かいません。来旺児が犯人ではありません(足と靴をもって逃げたことは事実ですが)。

犯人は潘金蓮です。

の刑の朝、恵蓮さんに、あたしの足は、金蓮さんのお靴でもゆるいくらいですのに……と、唯一語いわれたために」
「……」
「それから、納棺のちき、まあ、恵蓮さんの足は、あたしの靴に入らないわ……と、唯一語やりかえすために」

「妖異金瓶梅」山田風太郎 著 角川書店 P39

動機はこれだけです。

新月のようにかすんだ眉であった。灼けつくように真っ赤にぬれた唇であった。容貌も無双だろうが、この女には、ちかづくと麝香のような匂いが鼻孔をうつ。いつも鳳をかたどった簪が、慾情にふるえているようにみえた。夜のすさまじい魅惑は西門慶もしばしば手ばなしでのろけてきかせたところだが、応伯爵も、放蕩無頼の十幾年の経験からおして、この女こそ稀世の大淫婦にちがいないと見ぬいている。

「妖異金瓶梅」山田風太郎 著 角川書店 P10

という描写があったり、来旺児が異常性を発揮するときにその対象が潘金蓮であったり、西門慶の妾として潘金蓮だけ描写が多かったです。
プライドが高い女性だったのでしょう。それを傷つけることを許さない。そのような人間の描写がテーマとして見てとれますね。
自分が犯人だと応伯爵に告げられた潘金蓮は、話すことをやめます。「私はだまっています」など、台詞を重ねる応伯爵に対して、何もはなさず応伯爵の首に腕をまく潘金蓮。その静寂がものすごく恐ろしく、余韻を残します。
この余韻の恐怖が、この作品のラストとして素晴らしいものとしていますね。

トリックとかはなかったので、トリックに対しての謎解き場面とかはなかったですね。応伯爵の推理は、潘金蓮の発した言葉から類推した程度です。人の殺しに至る、人の心を推理したというかたちでしたね。
物語の中で提示される謎があって、その謎を物語に出てくる人物(一人とは限らない。複数だとミスリード役とかもいる)が積極的に解く姿勢を持ち、物語の中の人物が作中で感じた「違和感」から類推して(「違和感」作中で提示された謎を解く鍵になる。「違和感」は、それはこの作品のように言葉からでもいいし、例えば足跡がおかしいとか、時刻表を考えると移動は不可能とか、なんでも良い)、謎を解いていく物語がミステリー作品となるのだろうと思う。謎解きが、物語を面白くするための一要素でなく、主であることも条件かな。主でないと、ミステリー要素を含む〇〇になると思う。特にわたし自身はジャンルの定義にこだわりはないけれど。

この物語は第一話。続きが楽しみ。

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ユート
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