見出し画像

被害者意識に関するサーベイ『多視点的な加害者の被害者意識』#4 社会心理学・集団心理学的視点


IV. 社会心理学・集団心理学的視点

Q: 被害者意識が個人から集団へ波及するとき、どのような社会的影響をもたらすのか?


集団的被害者意識と政治利用

被害者意識は、個人レベルの認知にとどまらず、集団に共有されることで**「集団的被害者意識(collective victimhood)」**へと発展する場合があります。そこには以下のような特徴や社会的影響が指摘されています。

  1. 政治的動員の手段として利用される

    • 集団が過去の歴史的被害や迫害を強調することで、外部への支援や同情を獲得しやすくなる。

    • 政治指導者や社会運動家が、集団的被害意識を巧みに利用して国民や支持者を結束させ、特定の政策や行動を正当化するケースが見られる。

  2. 「我々対彼ら」という集団境界線の強化

    • 自集団の被害を強調することで、他集団への警戒や敵意が高まり、内集団の結束が強まる一方、外集団との緊張が増幅する。

    • 歴史的にみても、被害者意識を掲げることで民族・宗教・政治対立が先鋭化し、暴力や紛争に至る例が少なくない。

  3. 集団全体のアイデンティティ形成

    • 「われわれは被害を受け続けてきた集団だ」という共通認識が、アイデンティティの中核となり得る。

    • 被害者物語(victim narrative)が、集団の歴史や文化を語る上での強力なストーリーテリングとして機能し、国民的神話として根付くこともある。


集団間対立や「被害者競争」の激化

個人の被害者意識が集団的なレベルにまで増幅すると、他の集団との対立や「被害者競争」と呼ばれる現象が生じやすくなります。

  1. 被害者競争(Competitive Victimhood)

    • 複数の集団が互いに「自分たちこそが最大の被害者だ」と主張し合う状態。

    • 「誰がより苦しんだか」を巡る競争は、互いの苦痛を相対化・軽視する結果となり、和解や相互理解が難しくなる。

  2. 共感の排他性

    • 自集団の被害を強く意識するあまり、他集団の苦難や痛みに対して共感を示す余地が小さくなる。

    • ときに「自分たちの被害に比べれば、相手の被害は取るに足りない」という形で、他者の被害を軽んじる風潮が広がる。

  3. 和解・交渉プロセスの停滞

    • 集団同士の対立解消に向けた交渉や和解の場において、各集団が「自分が被害を受けた側」であることを正当化し続けると、責任の所在や賠償問題で折り合いがつかず、交渉が長期化もしくは決裂する危険が高まる。

    • さらに、被害者意識の拡大が暴力的手段や過激な行動の正当化として機能し、紛争のエスカレートにつながるおそれもある。

総じて、被害者意識が個人から集団に波及することで、内部の結束やアイデンティティを強化する一方、外部集団との対立を深め、紛争や「被害者競争」を激化させるリスクが高まります。このような集団的被害者意識の政治利用とその帰結は、歴史上も多くの紛争や民族間対立で繰り返し観察されており、社会心理学・国際政治学の大きな研究テーマとなっています。


引用文献

[1] Noor, M., Shnabel, N., Halabi, S., & Nadler, A. (2012). When Suffering Begets Suffering: The Psychology of Competitive Victimhood Between Adversarial Groups in Violent Conflicts. Personality and Social Psychology Review, 16(4), 351-374.
[2] Volkan, V. D. (1997). Bloodlines: From Ethnic Pride to Ethnic Terrorism. Basic Books.
[3] Bar-Tal, D. (2000). Shared Beliefs in a Society: Social Psychological Analysis. Sage Publications.
[4] Vollhardt, J. R. (2015). The Role of Victim Beliefs in the Israeli-Palestinian Conflict: Risk or Potential for Resolution?. Peace and Conflict: Journal of Peace Psychology, 21(2), 194-205.
[5] Sullivan, D., & Tausch, N. (2015). Understanding Collective Victim Beliefs: From Hot Intergroup Conflict to Cold Social Justice. Current Directions in Psychological Science, 24(3), 191-196.

Q: 被害者意識が強い集団・コミュニティが生まれる背景には何があるのか?


文化的要因(集団主義・個人主義など)

被害者意識を強く持つ集団・コミュニティが形成される背後には、社会や文化が抱える特有の価値観や規範が大きく影響すると考えられます。

  1. 集団主義的社会構造

    • アジア圏や一部の中東諸国などで見られる集団主義的文化では、個人よりも「家族・共同体の名誉」や「伝統」を重視する傾向が強い。

    • 一度「集団の名誉を傷つけられた」と認識すると、その被害感情が個人レベルを超えて共有されやすく、「わが共同体(あるいは民族)は常に苦しめられている」といった被害者意識が強固になりやすい。

  2. 個人主義社会におけるアイデンティティの固執

    • 個人主義的文化では、自己が不当な扱いを受けたとき、それを外部要因や他者に帰属させることでアイデンティティを守りやすくなる。

    • 特に差別や不平等が可視化される状況で、「我々マイノリティこそが被害者であり、正当な補償を求める権利がある」という認識が形成されやすくなる。

  3. 社会的学習やメディアの影響

    • SNSやマスメディアを通じて、被害者意識を発信・拡散する行為が共感を呼ぶことがあり、それが集団的なムーブメントへと発展していく。

    • 集団主義でも個人主義でも、メディア報道を介して特定の「被害者物語」が社会全体に共有されると、コミュニティ全体での共感・支持が高まり、被害者意識に基づく結束が促進される。


歴史的経緯や社会的不公正が与える影響

被害者意識を共有する集団は往々にして、過去に深刻な迫害や差別、社会的不公正を経験してきた背景を持っています。この歴史的経緯が長期的に集団の自己認識を形作り、「被害者コミュニティ」としてのアイデンティティを強化する原因となるのです。

  1. 民族的・宗教的迫害のトラウマ

    • 特定の民族・宗教が歴史的に追放や虐殺、強制移住などの迫害を受けてきた場合、集団全体で共有されるトラウマが世代を超えて受け継がれる。

    • 「自分たちは常に被害を受け続けてきた集団」という物語が集団アイデンティティの核となり、外部への警戒や敵意、あるいは同情と支援の訴えを強く促す。

  2. 構造的差別や不平等

    • 社会制度や経済格差によって特定の人種・階層・性別などに不利な状態が続くと、被害者意識を共有するコミュニティが形成されやすい。

    • 行政・司法制度からの公正な扱いや救済が得られにくいと感じるほど、「自分たちは搾取されている」「常に被害者側である」という認知が固まりやすくなる。

  3. 復讐心や恨みの政治利用

    • 政治指導者や運動リーダーが、歴史的な不正義や差別を強調することで、集団的被害意識を増幅させ、自派の支持を固める手段として利用する場合がある。

    • こうした政治的動員は、社会的不公正の是正につながる場合もあるが、一方で被害者意識が過度に煽られ、別の集団への攻撃や対立を強化する結果につながることも懸念される。

結果として、文化的特性や歴史的差別の深刻さ、そして社会的不公正を十分に是正できない制度的状況などが複合的に作用することで、被害者意識を強く共有するコミュニティが生まれやすくなります。こうしたコミュニティが形成されると、外部集団との摩擦や被害者競争が激化する一方、内部では団結力が高まり、既存の制度や権力への抵抗運動としての側面を帯びることもあるのです。


引用文献

[1] Volkan, V. D. (1997). Bloodlines: From Ethnic Pride to Ethnic Terrorism. Basic Books.
[2] Sidanius, J. & Pratto, F. (1999). Social Dominance: An Intergroup Theory of Social Hierarchy and Oppression. Cambridge University Press.
[3] Tajfel, H. & Turner, J. C. (1979). An Integrative Theory of Intergroup Conflict. In The Social Psychology of Intergroup Relations. Brooks/Cole.
[4] Staub, E. (1999). The Roots of Evil: The Origins of Genocide and Other Group Violence. Cambridge University Press.
[5] Cohen, R. (1999). The Making of Ethnicity: A Modelling Approach. Annual Review of Anthropology, 28, 373-399.

Q: 被害者意識と復讐行動(または暴力行動)との関連は?


怒りや恨みの増幅メカニズム

被害者意識が強い人は、自身が受けた(あるいは受けていると感じる)不当な扱いに対して、持続的な怒りや恨みを抱きやすい傾向があります。この怒りや恨みが増幅される過程には、以下のような要因が指摘されています。

  1. 反芻思考(Rumination)の強化

    • 「自分は被害を受け続けている」という認識を何度も頭の中で繰り返すことで、怒りや恨みの感情が沈静化されにくくなる。

    • 怒りを収めるための認知的リフレーミングや問題解決が行われず、むしろ被害者認知が強化される方向へと思考が進みがち。

  2. 被害拡大解釈

    • 些細な出来事でも「自分を傷つけようとする行為」と過大に解釈し、さらに恨みを募らせる。

    • 敵意帰属バイアス(hostile attribution bias)との組み合わせで、周囲の言動を悪意的に捉えやすくなり、怒りが蓄積されるリスクが高まる。

  3. 制裁願望の芽生え

    • 「自分が味わった苦しみを、相手にも味わわせなければならない」という強い報復意識が生まれる。

    • この制裁願望が、復讐行動や暴力行動につながりやすく、時に犯罪行為として表出する可能性がある。


自己防衛メカニズムと道徳的優位性

被害者意識を抱く人が復讐行動や暴力行動に踏み切る場合、そこには自己を守るための防衛メカニズムと、相手よりも道徳的に優れていると考える認知が深く関わっています。

  1. 自己防衛メカニズム

    • 自己愛性パーソナリティや不安型愛着スタイルなど、精神的脆弱性を持つ人ほど「被害者の立場にいるほうが安全だ」と無意識に感じる場合がある。

    • 外部からの批判や非難を回避するために、「実は自分も被害者だ」という意識を掲げ、攻撃や暴力を正当化する。

  2. 道徳的優位性(Moral Superiority)

    • 被害者意識が強いと「自分は正しい側」「相手は明確に悪い側」という認知が強まり、相手を裁く立場であるかのような意識が芽生える。

    • 結果として、「相手に報復するのは道徳的に正しい行為」と考え、暴力や復讐を道徳的に容認しやすくなる。この道徳的優位感は、集団レベルでも「被害者集団は常に正しい」とする信念に転化することがある。

  3. 罪悪感の抑圧

    • 「自分は実は加害者かもしれない」という認識が生じると、認知的不協和が起こるため、これを避けるために「自分は被害者なのだ」というストーリーを採用し続ける。

    • その結果、相手に暴力行為をしても罪悪感を抱きにくく、さらに激しい攻撃行動や恨みの感情に走りやすい。

復讐行動や暴力行動は、一時的には加害者(=被害者意識を持つ者)に「すっきりした」感情をもたらす場合があるが、長期的にはさらなる対立や犯罪行為の連鎖を招く恐れが高いと指摘されています。被害者意識の背景にある怒りや恨みを無自覚に放置すると、暴力行為が正当化される危険性が高まるため、心理的サポートや社会的介入が不可欠となります。


引用文献

[1] Baumeister, R. F. (1997). Evil: Inside Human Violence and Cruelty. W. H. Freeman.
[2] Stuckless, N. & Goranson, R. (1992). The Vengeance Scale: Development of a measure of attitudes toward revenge. Journal of Social Behavior and Personality, 7(1), 25-42.
[3] Bushman, B. J. et al. (2005). When God Sanctions Killing: Effect of Scriptural Violence on Aggression. Psychological Science, 18(3), 204-207.
[4] Gabay, R., & Shnabel, N. (2021). When do we want revenge? The role of perceived moral superiority in response to threats. Social Psychological and Personality Science, 12(6), 989-996.
[5] Baron, R. A., & Richardson, D. R. (1994). Human Aggression (2nd ed.). Springer.

Q: 被害者意識を利用した「社会的正当性」や同情獲得はどのように行われるのか?

ここから先は

1,669字

桑机友翔録

¥1,500 / 月

日々の気づきを綴るブログ

この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?