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被害者意識に関するサーベイ『多視点的な加害者の被害者意識』#5 メディア・文化的視点


V. メディア・文化的視点

Q: メディア報道は加害者の被害者意識をどのように助長または抑制しているのか?


報道の偏り・バイアス

メディア報道の仕方が「加害者の被害者意識」を助長するか、それとも抑制するかを大きく左右します。ここでは、特にテレビ・新聞・雑誌などのマスメディアが持つ影響力と、それに伴う偏りやバイアスを考察します。

  1. 加害者の主張を一方的に取り上げる報道

    • 事件報道の際に、加害者が語る「自分はやむを得ず加害行為に及んだ」という主張や「相手のほうが悪かった」という言い分を過度にクローズアップするケースがあります。

    • 視聴率やセンセーショナル性を狙うあまり、被害者への取材や状況説明が不十分になると、「加害者も被害者だった」というストーリーだけが強調され、真の被害者の声が掻き消される恐れが高まります。

    • これにより、加害者の被害者意識が社会的に承認されやすくなり、周囲の視聴者も「加害者に同情してあげてもいいのではないか」と感じる土壌が作られやすいと指摘されています。

  2. 被害者の落ち度を追及する風潮

    • 一部の報道は「被害者にも落ち度があったのではないか」という視点から詳細な調査・報道を行うことで、被害者非難(victim blaming)を助長することがあります。

    • こうした報道が目立つと、加害者の「被害者意識」が相対的に信憑性を増し、結果的に加害者を擁護する世論が形成されやすくなります。

    • 特にストーカー事件や性的暴力など、プライバシーや個人情報に踏み込んだ報道が行われる分野では、被害者側の行動が過剰にクローズアップされてしまい、加害者の訴え(「自分も傷ついていた」「相手にも非があった」)が相対的に強調される構造が生まれがちです。

  3. 記者クラブ制度や速報性追求による情報の偏り

    • 日本の記者クラブ制度下では、警察・検察発表や事件の第一報が報じられた時点で、加害者に有利な情報が一足先に出回ることがあります。

    • 事件の詳細や被害者の声が後になって判明しても、既に加害者側のストーリーが広く定着してしまうため、被害者の立場が不当に軽視される可能性があります。

    • スクープを求めるメディアが「被害者」と「加害者」のどちらの視点を大々的に報道するかによって、世論に与える影響は大きく変わります。


ソーシャルメディア時代における情報拡散と被害者非難

近年、TwitterやFacebook、TikTokなどのSNSが普及したことで、個々のユーザーが直接情報発信し、議論に参加できるようになりました。これは同時に、加害者の被害者意識が一気に拡散・増幅される仕組みをも生み出しています。

  1. 当事者が直接発信する被害者意識

    • 加害者が自らSNSで「自分がどれほどつらい思いをしているか」「相手のほうがむしろ悪い」と主張すると、それがバズ(拡散)して共感を得ることがしばしばあります。

    • 一部のフォロワーやオンラインコミュニティが真偽を十分検証しないまま加害者に同情する反応を示すと、その人物の被害者意識がより強固になり、「やはり自分は正しい」という認知バイアスを強める結果になりえます。

  2. デマ・誇張情報の氾濫

    • ソーシャルメディアでは、短いテキストや編集された動画・画像といった断片情報が拡散されることで、被害者が実際に訴えたい内容や事実経過と乖離した「誇張された加害者サイドの被害主張」が広がることがあります。

    • こうした誤情報が拡散されると、被害者本人が「自分こそが当事者なのに声を上げにくい」状況に追い込まれ、結果的に加害者の被害者意識が社会的に広く承認される土壌が形成されやすくなります。

  3. 被害者非難と炎上文化

    • SNSでの炎上は、被害者を批判する声や誤ったバッシングが一気に膨れ上がる特徴があります。

    • 加害者が被害者意識を発信することと、視聴者側の「被害者叩き」の同調圧力が合わさると、真の被害者が逆に糾弾される「二次被害」の発生率が高まります。

    • 特に性暴力やハラスメント事件などでは、被害者に対して「あなたにも原因があったのでは?」といった言葉が浴びせられ、加害者が「自分のほうがつらいのだ」と述べる構図がオンライン上で再生産されることが問題視されています。

  4. ファクトチェックやメディアリテラシーの欠如

    • ソーシャルメディアにはファクトチェック機能がまだ十分に整備されておらず、偏った情報やフェイクニュースが拡散されやすい環境にあります。

    • ユーザーのメディアリテラシーが低いほど、一方的な加害者の被害主張に流されやすく、被害者が声を上げても「嘘をついている」と決めつけられる可能性が高まります。

結局のところ、メディアは加害者の被害者意識を「助長」するも「抑制」するもどちらの方向にも働き得る強力な役割を担っています。伝統的なマスメディアの報道姿勢による偏りやバイアス、そしてソーシャルメディアでの情報拡散メカニズムが相乗作用することで、加害者の被害者意識が世間的に正当化される状況が生まれやすいといえます。しかし一方で、正確な情報提供と多角的視点を意識した報道が行われれば、加害者の不当な自己正当化を抑制し、真の被害者の声を支持する社会的基盤を構築することも可能です。


引用文献

[1] Entman, R. M. (1993). Framing: Toward Clarification of a Fractured Paradigm. Journal of Communication, 43(4), 51-58.
[2] McCombs, M. (2013). Setting the Agenda: The Mass Media and Public Opinion (2nd ed.). Polity Press.
[3] Lazer, D. et al. (2018). The science of fake news. Science, 359(6380), 1094-1096.
[4] Wardle, C. & Derakhshan, H. (2017). Information Disorder: Toward an Interdisciplinary Framework for Research and Policymaking. Council of Europe.
[5] Suler, J. (2004). The Online Disinhibition Effect. CyberPsychology & Behavior, 7(3), 321-326.

Q: 「被害者が責められる」現象(被害者非難)はなぜ特定の社会や文化で生じやすいのか?

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