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被害者意識に関するサーベイ『多視点的な加害者の被害者意識』#6 刑事司法・法制度的視点
VI. 刑事司法・法制度的視点
Q: 加害者の被害者意識が刑事司法手続(取調べ・裁判)に及ぼす影響は?
取調べ時の供述歪曲・責任回避のリスク
加害者が強い被害者意識を持っていると、捜査段階の取調べや裁判手続において、供述が歪んだり責任回避に繋がったりする可能性が高まります。これは司法当局や弁護人にとっても、事実解明を阻む大きな課題です。
供述の自己正当化
加害者が「自分も被害者だ」と主張しながら取調べに応じる場合、実際に行った違法行為を矮小化し、「悪いのは他者(または被害者)の方だ」という論理を強調する傾向があります。
捜査官は加害者の話を丹念に聞き取って、どこまでが事実でどこからが責任逃れの自己正当化なのかを見極める必要がありますが、取調べ時間や情報量に限界があるため、誤解やバイアスが入りやすい状況が生まれがちです。
責任回避と罪悪感の希薄化
加害者が強い被害者意識を抱えていると、「自分こそが被害に遭ってきた」という思い込みが先行し、犯罪行為に対する罪悪感や反省を十分に抱けないことがあります。
このまま供述が進むと、起訴後や裁判でも「自分はやむを得ず行ったのだ」「むしろ被害者が悪い」といった論調が続き、事件の全容把握が困難になるだけでなく、再犯防止策の的確な立案も遅れる恐れが高いです。
取調べ誘導・誤導のリスク
日本の刑事手続では、取調べの可視化が一部導入されたものの、全過程が録音・録画されるわけではないケースも残っています。
もし捜査官側も「加害者が被害者だ」というストーリーを過度に受け入れたり、逆に「加害者はすべて嘘を言っている」と決めつけてしまったりすると、供述の真偽や動機を正しく判断できずに捜査が進行してしまい、誤った供述が確定的な証拠として扱われるリスクが生じます。
冤罪・虚偽自白との関連
加害者の被害者意識は、冤罪や虚偽自白の問題とも密接な関係が指摘されています。冤罪と聞くと「無実の人が犯人扱いされる」ケースを想像しがちですが、加害者の立場からも「実は無理やり罪を認めさせられている」という被害主張があり得るのです。
罪を認めない被疑者が冤罪を訴えるケース
実際に犯罪を行っていない(もしくは行ったとしても軽微である)にもかかわらず、取調べの圧力や捜査官の誘導で「自分は加害者なのかもしれない」と思い込み、誤った自白をしてしまうケースがあります。
このとき、被疑者自身も「自分は被害者だ」という認識を抱き、警察や検察による強引な取り調べを告発しようとします。取調べ可視化が不十分な状況では、その訴えが十分に検証されないまま、虚偽自白が確定的な証拠となってしまう恐れが残ります。
逆に加害者が被害者意識を利用して虚偽自白を誘導する
稀な例ですが、加害者が「自分は実はもっと大きな被害を受けていた」「他者に強制されて行った犯罪だ」と装い、同情や減刑を狙う戦術を取ることも考えられます。
捜査段階での嘘の自白や法廷戦術としての「自分は被害者」という主張が、裁判官や検察側に真実の事実認定を誤らせる結果につながる場合があります。
裁判における供述証拠の重み
日本の刑事裁判では、依然として供述証拠の価値が非常に高いとされており、被告人や証人の発言が有罪・無罪の判断に大きく影響します。
被害者意識に基づく歪んだ供述が採用されやすい環境下では、冤罪や不当な量刑が生じるリスクが高まり、司法の公正性が損なわれる可能性があるのです。
まとめ
加害者が「自分こそ被害者だ」と強く認識している場合、取調べ段階から裁判に至るまで、供述内容が自己正当化や責任回避の方向へ歪んでしまうため、事実解明を一層難しくします。さらに冤罪や虚偽自白との関連でも、実際には罪を犯していない人が「被害者意識」を訴えながら無理やり罪を認めさせられたり、逆に真の加害者が減刑や同情を狙って被害者ポジションを演じたりするリスクが指摘されます。これらの問題を防止するには、取調べの可視化や供述証拠への過度な依存を見直す取り組み、さらには被疑者・被告人の人権を保障しながらも客観的な事実認定を行う仕組みをより充実させていくことが求められます。最終的には「加害者が被害者だと主張している」という状況を、司法関係者が冷静かつ多角的な観点から検証できる体制を整えることが重要と言えるでしょう。
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