被害者意識に関するサーベイ『多視点的な加害者の被害者意識』#3 加害者心理学的視点
III. 加害者心理学的視点
Q: なぜ加害者は「自分こそ被害者だ」と思うのか?
加害者による責任回避・認知の歪みの具体例
被害者意識は一見すると「弱者側」にあると思われがちですが、実際には加害行為を行う人が「自分こそが被害者だ」と考えるケースが少なくありません。ここでは、加害者が自らの行為を正当化したり、他責的に解釈する具体的な認知の歪みを挙げます。
他責バイアス(External Attribution)
自分の攻撃的行為や違法行為の原因を常に外部に求める。
例:「相手が先に挑発したからやり返した」「自分は悪くない、周囲がすべて悪い」といった主張をすることで、自分の責任を最小化しようとする。
自己正当化(Self-Justification)
「自分はもともと傷つけられている立場であり、やむなく攻撃したのだ」という論理を展開する。
結果として、「正当防衛」「正当な報復」とみなすことで自らの加害を免罪しようとする。
選択的記憶・論点すり替え
自分の暴力的行為やミスを見落とし、相手の攻撃性や落ち度のみを強調して語る。
「自分は完全に被害を受けただけ」と思い込むことで罪悪感を軽減する。
トラウマや虐待経験の世代間連鎖
加害者が「被害者意識」を持つ要因としてしばしば取り上げられるのが、幼少期のトラウマ体験や虐待経験です。以下のようなメカニズムが世代間連鎖を説明すると考えられています。
暴力の学習
幼少期に身体的・心理的虐待を受けた子どもが、成人後に同じ手法で問題解決を図るようになる。
「自分もかつて被害を受けていた」という認識が、「自分の行為を正当化する根拠」となり得る。
被害‐加害への移行
過去の被害体験による恨みや怒りが蓄積し、「自分も人を傷つける権利がある」と誤認する。
その結果、自らの加害行為を「正当な反撃」あるいは「仕方のない行動」と見なしてしまう。
共感性の欠如
長期にわたる虐待やトラウマ経験により、他者の痛みに共感しにくくなる場合がある。
自分も被害者であったという事実を全面に押し出すことで、相手への配慮や責任感を一層喪失しやすい。
自己愛性パーソナリティ特性との関連
自己愛性パーソナリティ傾向を持つ人は、自尊感情を過剰に守ろうとするあまり、対立や批判に直面したときに被害者意識を発動するケースが指摘されています。
自己愛と攻撃性
自己愛の高い人は、自分が負の評価を受けることに敏感で、相手の批判を「自分に対する攻撃だ」と捉えやすい。
これが結果的に「自分は悪くない、攻撃されている被害者だ」という認知を招き、加害行為の責任を回避する一因となる。
脆弱性の隠蔽
自己愛性パーソナリティの人は、内面的には不安定な自尊心を抱え、脆弱さを認めたくない傾向が強い。
そのため、他者とのトラブルでも「自分は傷ついている側だ」と強調し、弱者ポジションを取ることで自己像を守る戦略をとる場合がある。
共感能力の低下
自己愛が強い人は、他者の感情に対する感受性が低いとされ、自分の苦痛ばかりを強調しがち。
これにより、本当に被害を受けている側の苦痛や権利を軽視し、自らの被害者意識を優先する歪んだ認識が強化されることになる。
このように、加害者が自己を「被害者」とみなす際には、責任回避やトラウマの世代間連鎖、そして自己愛性パーソナリティという複合的な要因が絡み合っていると考えられます。結果として、加害行為の根本問題が見過ごされ、再犯やさらなる暴力が生まれやすくなる点が懸念されます。
引用文献
[1] Baumeister, R. F., & Vohs, K. D. (2001). Narcissism as addiction to esteem. Psychological Inquiry, 12(4), 206-210.
[2] Widom, C. S. (1989). The Cycle of Violence. Science, 244(4901), 160-166.
[3] Bushman, B. J., & Baumeister, R. F. (1998). Threatened Egotism, Narcissism, Self-esteem, and Direct and Displaced Aggression: Does Self-love or Self-hate Lead to Violence? Journal of Personality and Social Psychology, 75(1), 219-229.
[4] Horwitz, A. V. (1990). The Logic of Social Control. Springer.
[5] Kernberg, O. F. (1985). Borderline Conditions and Pathological Narcissism. Jason Aronson.
Q: 加害者が被害者意識を持つことで、周囲(実際の被害者や社会)にどんな摩擦を生むのか?
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?