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被害者意識に関するサーベイ『多視点的な加害者の被害者意識』#8 展望・まとめ


VIII. 展望・まとめ

Q: 今後の研究課題は何か?


被害者意識と加害者意識の相互作用を扱う縦断的研究

被害者意識を持つ人が、ある時点では被害者であっても、別の状況で加害者になる「被害者-加害者重複」の可能性が示唆されている中、今後は**時間の流れ(縦断的視点)**を取り入れた研究が特に重要になります。

  1. 縦断的研究の意義

    • 一度の断面調査だけでは、被害者意識を強く抱える人がどのように加害行動や攻撃性を発揮するに至るのか、因果関係を明確にするのが難しい。

    • 長期にわたる追跡調査(縦断的研究)によって、被害者意識と加害者意識の移行プロセスや、それを左右する社会的・心理的要因をより精密に検証できる。

    • たとえば児童虐待を受けていた人が青年期・成人期で暴力的行為に至るまでの変遷を詳細に追うことで、被害者‐加害者重複の発生メカニズムを深く理解できる。

  2. 実践的応用

    • 被害者から加害者へ移行するリスクを早期に察知し、介入できるプログラム設計に役立つ。

    • 縦断的データを参考にして、トラウマ治療やカウンセリングの最適なタイミングや内容を検討することが可能になる。


被害者-加害者重複に関する文化横断的アプローチ

社会や文化が異なれば、被害者意識と加害者意識の形成や表現のされ方、そして重複が起こりやすい状況も変化すると考えられます。したがって、文化横断的な比較研究が今後の大きな課題となるでしょう。

  1. 多文化間比較の必要性

    • 西洋社会と東アジア社会では、集団主義・個人主義などの価値観に違いがあり、被害者非難や被害者意識の固まり方が異なる可能性が高い。

    • 宗教的・歴史的背景によっても、加害者が自己を被害者として認識するロジックが大きく変わってくることが予想される。

  2. データ収集と国際共同研究

    • 国際的なデータベースを活用し、被害者意識や加害者意識に関する質問項目を標準化した調査を複数国で実施する方法が考えられる。

    • 被害者支援や修復的司法の制度設計の優劣も文化差が大きいため、制度と人々のメンタリティとの相互関係を探るうえでも国際比較の視点が不可欠。


AI・ビッグデータを用いた解析の可能性

現代ではSNSやオンラインコミュニティの普及により、人々が被害者意識や加害者意識を表明するデジタルデータが膨大に蓄積されています。これらのデータをAI・ビッグデータ解析の手法で活用する研究が今後さらに注目されるでしょう。

  1. SNS上の言説の解析

    • Twitter、Facebook、YouTubeコメント欄などで「自分こそが被害者だ」という主張がどのように広まっているのか、言語処理(自然言語処理)や感情分析を使って定量的に捉えることが可能。

    • 「加害者の被害者意識」が拡散・共感されやすいトピックや文脈を把握することで、対策や啓発活動に生かせるデータが得られる。

  2. 機械学習による予測モデル

    • AIによる機械学習アルゴリズムを適用し、被害者意識が強い人がどのような条件下で加害行為に至るかを予測するモデルを作れる可能性がある。

    • 例えば、過去の加害者更生プログラム受講者のプロフィールや再犯データをビッグデータとして蓄積し、リスク要因や保護要因を高精度で特定できれば、再犯防止策のカスタマイズが進むと期待される。

  3. プライバシー・倫理面の課題

    • AI・ビッグデータ解析では、個人情報保護や人権問題を厳密に考慮しながらデータ収集・活用を行わなければならない。

    • 被害者や加害者の個人情報・SNSデータを研究目的で使用する際の倫理的ハードルをどうクリアするか、国際的ルールや法規範の整備も大きな課題となる。


まとめ

今後の研究課題としては、まず縦断的研究で被害者意識と加害者意識がどのように変容・連鎖していくのかを明らかにすることが重要です。また、文化横断的アプローチによって、社会や宗教、歴史的背景が加害‐被害構造に与える影響を比較する意義も大きいでしょう。さらに、AI・ビッグデータ解析を組み合わせることで、SNS上の言説や大量の刑事司法データを活用し、被害者意識や加害者意識に関する理論の検証や新たなモデル構築が進められる可能性があります。これらの知見を統合し、被害者-加害者の重複や被害者意識の形成をより深く理解することで、より効果的な再犯防止策や被害者支援、さらには公正で安心できる社会づくりが実現する道が開けていくと言えるでしょう。


引用文献

[1] Dutton, D. G. & White, K. R. (2012). Attachment Insecurity and Intimate Partner Violence. Aggression and Violent Behavior, 17(5), 475–481.
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[4] Bastiaensens, S., et al. (2016). Cyberbullying on social network sites. Social Psychology of Education, 19(4), 1–21.
[5] Chen, Y., & Wojcik, S. (2021). Using machine learning to study language and violence in online communities. IEEE Transactions on Computational Social Systems, 8(2), 193–206.

Q: 被害者意識の理解は社会に何をもたらすのか?

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