見出し画像

小説『いいねの数だけ死体が増える』 第一章「歯車ゴーレムと途切れた時のオペラ」

第一章:歯車ゴーレムと途切れた時のオペラ

歯車のような身体をもつゴーレムとの邂逅


 闇に溶けかけた街灯の下、私はまだ事件の痕跡を探して夜の街をさまよっていた。日に日に増していく“いいね”連動型の不可解な死に、どうしても胸が疼く。誰かを糾弾したいわけではないが、深く知りたい欲望がざわつきをやめてくれない。ネットの情報だけでは飽き足らず、実地で何か手がかりを見つけてやろうと、真夜中の路地をハイヒールの音も軽やかに歩き回る。

 こんな時刻にひとり歩きなんて危ない。自分でもわかっている。それでも、薄暗い場所ほど怪しい輝きを帯びる気がしてならないのだ。古びたレンガ壁には、湿った苔が妖しく付着していて、指先で触れてみれば冷たい感触が肌をざわつかせる。なぜか背中に少しゾクッとする愉悦を覚えながら、私はさらに奥へと足を踏み入れた。

 すると、月明かりも届かないほど狭い路地の行き止まり――まるで隠し通路のような場所で、それは不意に現れた。
 全身が金属の歯車で組み上げられたかのような、異形の存在。関節部分には大小さまざまな歯車が噛み合っており、歩くたびにカチリ、カチリと音を立てる。身長は人間より少し大きく、無機質なくせに、妙に艶めかしさすら感じるフォルム。光沢の走るボディが月影に照らされ、ゆっくりとこちらに振り向いた。まるで意志をもった機械人形……否、これは“ゴーレム”と呼ぶのが相応しいと直感的に思った。

 私は思わず息を飲み、夜の湿った空気が熱を孕んで肺に入り込む。心臓が速まっているのがわかる。怖いというよりも、秘められた世界を覗いてしまったとき特有の、高揚感にも似た感情に身体が反応してしまうのだ。あれは何だろう? こんな路地裏に、どうしてこんな機械仕掛けの生物がいるのか? 疑問より先に、興味がするすると胸の奥で絡み合う。

 ゴーレムは私をじっと見つめるでもなく、歯車の軋む音を刻むように、ゆっくりと顔――というべき部分を動かしていた。その表情は読めない。だが、歯車一枚一枚の回転が微妙にずれては噛み合う様子が、私にはまるで心臓の鼓動を隠し持つかのように思えた。ぎこちなく、それでいて美しく……荒廃した都市の奥底で機械が奏でる小さなオーケストラ。

ここから先は

12,181字

桑机友翔録

¥1,500 / 月

日々の気づきを綴るブログ

この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?