【ゆのたび。】29: 利尻富士町温泉保養施設 利尻富士温泉 北海道 利尻島 ~最果ての名峰登山後に最高の温泉~
せっかくなら、利尻山への登山をしたときの記録も一緒にどうぞ↑
以下より、温泉エッセイです。
登山家であり小説家の深田久弥が著した『日本百名山』において挙げられた山々は、現代の登山シーンの中でも憧れと目標の1つとして多くの登山者に愛されている。
その中でも最北に位置する名峰こそ、北海道の北に浮かぶ島の1つ、利尻島にそびえる利尻山だ。
標高1721メートル。円形の島の中央に屹立する利尻山は均整の取れた円錐形をしており、富士山にも似たその美しい山容から利尻富士とも称される。
島ゆえに山でありながら周囲を海に囲まれ、頂上からの景色は360度海を望めるという他には無い眺望を有する利尻山は、同時に花の山でもあり、可憐な高山植物たちが咲き誇る様は訪れる人々を魅了してやまない。
100座の中でも最も北で、しかし訪れるにはなかなか難儀する利尻山。百名山の中でも登頂にある種の重みがある気のする、そんな山である。
そんな利尻山に、私は登り、そして下山してきた。
疲弊しきり体の痛みも限界を超えていた私は足を引きずるようにノロノロと山を下っていた。
山登りのはしくれではある私だが、百名山制覇を今のところ目標にはしていない。しかし一方で山を選択するときに判断の一助にしているところもある。
そんな判断が半分と、島好きとしても、利尻島に訪れてみたかったというのがあった。
そして利尻島に訪れたのなら、山登りとして、利尻山にも登っておかねばとなったわけである。
登山の疲労以上に体がダメージを受けている理由は別のところで語っているのでそちらを読んでもらうことにして↓
――温泉だ。湯に入りたい。体が温泉を求めているのだ。
今日も湯を求めて、である。
山に登ったらその後には何をするか。決まっている、温泉だ。
何故山に登るのか。もちろん、温泉に入るためである。
というのが、私の持論だ。
山を登り、疲れた体を温泉で癒す。それでこそ登山は完成するのだ。
帰るまでが遠足というならば、温泉に浸かるまでが登山である。
そして利尻山には、お誂え向きに登山口に温泉があるのだ。
フラフラと私はたどり着く。
利尻富士温泉に。
利尻富士町温泉保養施設 利尻富士温泉
和風建築で雰囲気を出そうとはしていない、
のっぺりとした壁と無機質な造形が逆に趣のある気がする建物だ。
住民のための温泉は、やっぱりこうでなければいけないと思う。
どうやらプールも併設されているらしい。利尻の夏は短くとも、夏は夏。
きっと泳げば気持ちいいに違いない。
あぁ、私も冷たい水でスッキリしたい。
だけど、それより今は湯だ。湯の熱がほしいのだ。
館内で、靴を脱ぐ。汗を長時間吸って蒸れた靴下は猛烈に臭い。こいつはバイオテロだ。
スタッフの皆さんすみません。なるべく臭わないようにしますから。
靴下をポケットに突っ込む。
素足も臭いが、それは申し訳ない。
料金はおとな500円。
安くもないし高くもない。
「大きい荷物は奥の休憩スペースに置いてください」
私の姿を見て、男性のスタッフがそう気を遣ってくれる。
背負ったザックの置き場にはいつも困るので、指定してくれるのはありがたい。
休憩スペースには誰もいなく、そこまで広くはないのに広々としている印象を受ける。
このくらいで充分だ。むしろ安心感がある。
休憩スペースのカーペットの柔らかさが、痛む足には心地よかった。
はあ、もう離れたくなくなってしまう。
いやいや、湯に入りにいかねば。
更衣室へ向かい、臭い衣服を脱ぎ捨て、浴室に(疲労で走れないが気分だけは)駆け込む。
もはや裸になるだけでも爽快だ。
体は著しく汚れてるので、逸る気持ちを抑えてしっかりと洗い流す。
足裏や指の皮が何ヵ所も剥けている。あるところはふやけ、そこに変な方向から力がかかったのか深いシワになってしまっている。
痛い。足は筋肉や関節は痛いが、それとは種類の違う痛みだ。しみて、刺すような痛みだ。
しかし私は痛みを無視して湯へと沈む。
――ああ、痛みと一緒に湯の温かみが染み入る。
泉質はナトリウム―塩化物・炭酸水素泉。
ということは、ヌルヌルの湯だ!
こういう泉質は大好きだ。なんというか、明確に『効いてる』気がするし、どこか楽しい。
汚れがどんどんバイバイしていくのが分かる。
汚れと垢よ、さようなら。剥けた皮も一緒に……いやだからこそ、湯が剥けた部分にしみる!
隣にジャグジーもあり、そっちは疲労した足を心地よく揺らしてくれる。
思えばジャグジーの泡にちゃんとマッサージ効果を感じるのは初めてかもしれない。ヤバい、めちゃ気持ちいい。
露天風呂では夕方の色に染まり出した空を見上げられた。夏と秋の、境目のような空の色。
北の果ての利尻島は、8月の半ばを過ぎれば秋になってくるという。
いまだ夏の気分の私より一足先に、利尻島は次の季節へと変わっていっているようだった。
……湯で火照った体のなんと心地よいことだろう。
休憩スペースで横になったら、もう動きたくない。
このままここに住んでたいなぁ、なんて妄想しつつ、利尻山の頂上からの眺めを思い出す。
上がってくる雲がつかの間途切れ、見渡せた360度の水平線。
見返れば、今や頂だけは雲の中。
運と雲の流れに味方され、苦労して登った利尻山に後悔を残してこずに戻ってこられた。
晴れた空と同じく、湯に浸かれた私もまた晴れやかであった。
……施設をでて、日が傾いていく利尻の町を歩く。
夏も終わりとはいえ、火照った体と残暑の陽光で体に汗がにじむ。
利尻島は夏を惜しんでいるのだろうか、それとも秋を望んでいるのだろうか。
澄んでいて静かな町の中の空気に、公園で遊ぶ子供たちの声が響いていた。
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