【ゆのたび。】27: ごまどう湯っ多里館 新潟県 南蒲原郡 ~エレベーターで行く高台の湯~
とある企画展を見るために新潟の美術館へ遠征した帰り道、運転する車の内で私は思った。
「そうだ、温泉に入っていこう」
アウトドアだろうとインドアだろうと、活動すれば疲れもするし汗もかく。
加えてそのときの時期も夏の手前だったとあって、しめっぽくてぬるい空気は私の肌をじっとりとべたつかせていた。
これはすっきりしていかないと気が済まない。
色々な作品を見て楽しませてもらったが、これではせっかくの心持も悪くなるというもの。
不快なものを湯で洗い流して、良い気分で帰路に就きたいと考えたのだ。
幸い、新潟は温泉の多い地域である。
まあそこかしこで温泉の湧くこの国で、温泉の乏しい地域の方がむしろ少ないかもしれないが。
ともかく温泉の選択肢には困らないので、私はいくつもの湯から行き先を選ぶことにした。
疲れているし、遠くに行くのも面倒だ。なら近くて行きやすい湯が良いと思う。
車を途中のコンビニで停めて、しばしリサーチ。
決定はわりかしすぐだった。
「よし、ここにしようか」
魅力的な湯は他にもいくつもあった。どうせなら全部入りたくもあった。
でもその湯を選んだのは、結局はなんとなくだった。
決定理由はフィーリング。なんともあいまいである。
だがアート作品に対して人がどんな感想を抱くなんて、つまるところ『個人的ななんとなく』でしかない。
ならばそんな理屈ではない思いをたくさん抱いた美術展の帰りなのだから、その道中の選択もまた、なんとなくなものでも良いのではないだろうか。
いや、なんだかこう語ると理屈っぽくなってくる気がする。
ともかくその湯に入りたいと思ったのだ、それだけで良いのだ。
では行こう、『ごまどう湯っ多里館』へ。
ごまどう湯っ多里館
坂道を上った先に広い駐車場があった。
車を停め、辺りを見渡す。
さて、入り口はどこだろう。
と、夫婦だろうか二人の男女が、駐車場からも目立って見えている塔のような建物へと歩いて行っているのが見えた。
どうやらこれが入り口のようだ。エレベーターで上へと上がるらしい。
他に入り口はないのかと探すも、近くには見当たらない。
温泉に行くのに、エレベーターに乗るほかないようだ。
かなり珍しい立地だ、少なくとも私は初めて見るタイプである。
エレベーターも特段広いものでもない。繁盛している時間帯とかは、エレベーター待ちの行列ができたりするのだろうか……そんな想像をしながら、幸いに空いていたエレベーターに乗り込んで上へと向かった。
エレベーターを降りる通路がまっすぐ温泉施設へと伸びている。
なんだか駅の跨線橋のようだ。私はいつの間に鉄道の旅をしていただろうか?
突き当りに湯の説明が書かれた看板を見つけた。
私は結構、こういう温泉の説明が書かれた看板や紙が好きだ。
どんな成分が含まれているのか、源泉は何度なのか、効能は何か。
文章に目を通し、湯について詳しくなった気になって湯へと入るのが私の湯との向き合い方である。
明るい施設に入る。券売機があったので入浴券を購入する。
料金はおとな一人700円。スタッフに券を渡して浴場へ向かう。
浴場には内湯と露天風呂があった。内湯は広く、ゆったりと入れそうである。
そしてたまたまなのか、先客の数は少なかった。しかもみんなが露天に行っているのか、内湯には誰も入っていなかった。
たくさんの客がいる方が施設側としては好ましいのだろうが、利用者側としては人が少なくて広々使える方が嬉しい。
体を洗い流して、誰も入っていない湯に入る。
蒸し暑い野外で暑さには辟易としていた私だが、それでも湯の熱さは別物で、湯の熱は相変わらず心地よかった。
泉質はナトリウムー塩化物・硫酸塩温泉とのことで、見た目は無色透明である。匂いもあまりなかった。
湯に入ると、目の前にとても大きな窓が来る。そのためとても眺めが良い。
施設も高台にあるから、少し湯から体を出せば平野部を見渡せる。
だがその日はあいにくの曇り。窓の景色はひたすらに曇天で、どんよりとした眺めはジメジメした外の空気を表しているかのような鬱然としたものだった。
だがそれでも、曇ってはいても日中ゆえの明るさによって浴室内はとても明るい。ある意味では、曇り空特有のぼんやりした明るさは間接光のようで目に優しい感じがした。
のぼせる前に露天風呂に行くか。わりとすぐに温まってしまった体を急いで湯から上げて、私は露天への戸を開けた。
露天には先客が数人いた。どこの温泉でも、露天風呂は人気だ。やはりみんな解放感が欲しいのだ。
ジメッとした重く生ぬるい野外の空気とはいっても、湯で火照った体にとってはそれでも涼しく感じるものである。
外気で体を冷まして、再び湯へ。
うむ、やはり同じ湯であろうとも内か外かで違うもののような気がする。
泉質、眺望、解放感。そういうたくさんの要素の足し算で温泉は作られる――と、分かったようなことをのぼせかけの頭で思案してみる。
せっかくの高台から良い眺めがあいにくの天気で見られないのは残念だが、またそれも湯との出会い。悪いときの湯もまた一興だろう。
汗をたくさんかいた湯上りの体には詰め痛い飲料が染み渡る。これ見よがしに浴場の傍に置かれた自動販売機には人の心理をうまく突いた商魂が垣間見えていた。
もちろんその誘惑に、私はもちろんあらがえず購入をしてしまうのだが。
……ひとまず、当初の目的であるスッキリすることは達成できたのでオーケーだ。
そして私は、火照りの残った体で車への帰り道を歩いただけで、また汗をにじませて気分が落ちることになるのだがそれはまた別の話である。
まさにエレベーターのように、気分が上がったり下がったり……まったく我ながら忙しいことだ。
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