よのなかよもやま寄稿 07:長野県菅平――日本有数の希少な草原に広がる花畑を眺めて 8月編
菅平を前回訪れてから気づけば二月が開いてしまった。
高原の季節の移り変わりは早い。
雪解けは遅く、夏は短い。すぐに秋が来て、やがて長い冬になる。
そのため、生き物たちはその短い暖かな時期で自らの営みを急いでこなしていくのだ。
高原の植物はひと月経てば生えるものも様変わりする。
どんな花々が草原に咲いているだろうか。
そんな期待を胸に、私は菅平へと赴いた。
ちょうど訪れたときはフェーン現象によって全国的な猛暑日であり、下界は体温よりも高い気温になっていた。
そういえば暑さから逃れるという本来の意味の避暑を菅平でしたことがなかったことに気付いた私は、今回こそはそれができるだろうかと小さく期待をした。
というのも、いくら菅平が避暑地といっても結局は炎天下ではとても暑い。
太陽ギラギラの下では、高地の涼しさなんて微塵も感じることはないのだ。
と、そんな不安も着いてみれば杞憂だったようで。
菅平の草原には涼やかな風が吹き抜けてくれていた。
ホテルが多く建つ菅平の中心地から山側に少し行ったところにあるのが『峰の原』である。
冬場はスキー場となるここには、夏場には高原の植物たちが咲き誇る。
近くにはテント場があり、清々しい風を浴びながらキャンプが行えるようになっている。
ピクニックの客も何人かいて、またちょっとしたアスレチックのエリアもあり楽しそうだ。
ああ、ここなら確かに下界の暑さを一時忘れて涼やかに過ごすことができそうな気がする。
空には少々の雲が浮かび、夏の日差しをいい塩梅に和らげてくれている。
また風が木々や草花を揺らしながら優しく吹き抜けていき、高地の涼しい空気を運んできてくれてこれまた心地よい。
菅平の標高は約1300mほどで、古くから人により草原が保たれてきた地域だ。
古くは家畜の放牧地として、現在は牧場に加えスキー場や畑などに土地は利用されている。
日本のような温暖で雨の多い地域は樹木が生育しやすい環境のために、放っておけば草原は森林になってしまうとされている。
実際、放牧を辞めた土地は芝の草原からススキの草原、そして森林へと変わっていってしまう。
そんな気候の日本において草原が長い間維持されているのは、昔から人々が継続して管理をしてきたからだと言われている。
そしてそのおかげで、草原を好む在来の植物たちが今もこうして私たちの目の前で咲き誇ってくれているのである。
さあ、夏の花々に会いに行こうか。
かつて覚えた、花々の名前の復習も兼ねてだ。
まずはコオニユリに出会った。
緑色の草原の中にあってポツンと咲くこの鮮やかな赤色は良く目立つ。
この特徴的な形の花が私は好きだ。
聞けば日本は在来のユリの宝庫らしく、世界に100種以上の原種のユリがある中で日本にはそのうちの15種類が自生している。
天然の在来ユリにはつつましさと華やかさが同居したなんともいえない魅力がある気がする。
背の高いキスゲは私の目戦と同じ高さに大きな花を咲かせている。
つぼみをたくさん付けていて、咲いている花は少なかった。
どうやら見ごろはもう少しだけ先だったようだ。
キスゲといえば、長野では霧ヶ峰あたりが有名と聞いたことがある。
そのうちそちらも見に行ってみたい。
ちなみに、キスゲのつぼみは食べられる。
炒めたりゆでたりして食べ、味にはクセもなく食べやすい。
もし食べたい人は、採っても怒られない所で試してみてほしい。
さて反対に視線を下に向けてみれば、地面の低いところに花は咲いている。
筋の入った5枚の白い花弁が特徴的なのはゲンノショウコだ。
背の高い草の中に埋まりそうになりながら可憐に咲いている。
古くから下痢止めなどの薬草として利用されていて、よく効くことから名前の由来もよく効く薬の『現の証拠』ということから名づけられたとか。
薄紫色の複雑な形をした花を見つけたかと思えばマツムシソウだ。
複数の花が集まってできており、舌の形の花弁が特徴的だ。
私はこの花にどうにも秋のイメージがある。
秋になり夏の花が姿を消した後、この花が草原の一面に咲いている姿を以前目にしたからである。
もう、秋の気配が近づいてきているというのだろうか。あともう少しは、夏の中にいたい気でいる。
。
やたらに道沿いにマメ科の花があるなと思っていたら、どうやらこれはヤブマメのようだ。
こんもりとした樹に、小さな薄赤紫色の花がたくさん咲いている。
その花の蜜を求めて、トラマルハナバチがブンブンと飛び回っては花に顔を突っ込んでいる。
マルハナバチは毛でモフモフな丸っこい見た目のかわいい奴らだ。
少し撫でたくらいでは怒りもしないし、よほどいじめければ刺しても来ない。
ちょこまかとしている動きもかわいいポイントの高いところだ。
妖艶な紫色の星があるかと思えば、キキョウが優雅に咲いている。
キキョウも夏の花の中で大好きなものの一つだ。
この色でこの大きさ、この形。好きになるところがたっぷりだ。
枯れた花の少ないところを見るに、キキョウにとっては今がぴったりの時期らしい。
少し草原の奥に行ってみれば、背が高くて黄色い花をたくさん付けた植物を見つけることができる。
確かあれは、マルバタケブキではなかったか。
キキョウが見た目の好きな花であるなら、そういえばマルバタケブキは名前が好きな花だったことを私は思い出す。
何で好きだったのか、それは分からない。ただなんとなく、である。
マルバタケブキの黄色い花束は遠くでもよく目立つ。
背も高いから、たとえ遠くに咲いていてもすぐに見つけられる。
そんなところも好きなところだ。
形として私が一番好きなのはカワラナデシコだ。
見つけたとき、おっと思って嬉しくなった。
なんなのだろう、この細かく糸のように分かれた花弁の形は。
誰かに裂かれたわけでもないのにこんなに細く細かく花弁の先が分かれる。
萎れも欠けもなく、痛みもない。まさに天然生まれそのままの形。
つまりそれに、私は美しいと思わずにはいられない。
しかしどうして、河原に咲いているわけでもないのに『カワラナデシコ』なのだろう?
後で調べてみることにしよう。
このように、数多くの鮮やかな花々が咲く菅平の高原だが、まだこれはほんの一部に過ぎない。
季節が経てば、また違う花が咲いてくるのだ。
花を見に、何度通ってもいい場所だ。
近いうちにまた来たい。
叶うなら、もっと菅平が近ければいいのにな。
わがままだけど、そう思わせてほしい。
そう思わせる場所なのだから。
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