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初めてのヘルプマーク

ああ、まただ。また寝てたみたいだ。
僕は授業中無意識で寝てしまうみたいだ。

テスト中も寝ぼけて歩いてしまったことがあった。

授業の内容は気が散って全然理解できなくて、
ざわざわした空間や、人の多いところは疲れてしまう。

ついこの前、
ニュースでやってた宗教とマルチ商法の話をしたら
みんなにドンびかれた。
僕は、マルチ商法と宗教についてはYouTubeとかで
たくさん調べて勉強したから
他の人より自信があるんだ。
それなのに……。
皆だってニュースの話をするのに、
なんで僕の話はダメだったのだろう。

僕はこのままで一体、本当に大丈夫なのだろうか。

僕は、友達に馬鹿だと言われた。
僕は純粋なきもちでママに
「僕は馬鹿なの?」と聞いた。
それを聞いたママは悲しそうな顔をした。
それがきっかけだったのかわからないが
僕は、病院でテストを受けた。

すると、何日か経ったのち、
ADHDとASDという発達障害があることがわかった。
通うクラスも、特別支援の学級になるとのことだが、
今からでは入級手続きが間に合わないとかで、
ヘルプマークという赤いキーホルダーを付けて
学校に通うことになった。
担任の先生がみんなに僕の障害のことを
朝説明してくれたらしいが
その日は朝起きることができず、
学校を遅刻してしまったのでどんな話があったのか
わからなかった。

「しゅんさん、その赤いキーホルダー聞いたよ見せて」
僕はすっかりクラスの人気者になったようだった。
多くの児童が僕のヘルプマークに興味を持ってくれた。
だけど、僕にはこのマークが何を示すのか
いまいち説明することができなかった。

掃除の時間、僕の学校では
学年を跨いで他学年が僕の教室を掃除にやってくる。
今日は僕よりも随分年齢の下の下級生が掃除にやってきて、
僕のランドセルを指差した。

「あ、これ、障害者がつけるやつだぞ」
「?それが何か。」
「お前が障害者か。いいよな。これを持ってるとライブでいい席に座れたり、電車で席を譲ってもらえるんだろ」

そんな発言を堂々と僕の前でできるお前の方が障害とかないか大丈夫かと言ってやりたかったが、下級生と同じ土俵で戦うのは流石にまずいと思いグッと我慢した。

「こいつ、障害者だから馬鹿だったんだな。いいよな障害者はバカでも許されるもんな」

その瞬間、僕の堪忍袋の緒が切れたことがわかった。
その後のことはおぼえていない。
随分と暴れたようだ。意識が戻った時は、
大勢の大人に抑え込まれていた。
「膝が痛い」
僕の頭が最初に認知したことは
「膝が痛い」ということだった。

この日はママが迎えにきてくれた。
僕に根掘り葉掘り聞こうとはしないで、
優しく「今日はご飯ハンバーグにしようね」
とだけ言ってくれた。

その晩、僕が寝静まった後、
ママが僕の枕元に来ている気配を感じた。
僕の額を撫でた。
「しゅん……。ごめんね」
何がごめんねなのかわからなかった。
悪いのは僕にバカだと言った下級生ではないか。

次の日学校に行くと、
クラスメイトは僕の姿を見るなり、
よそよそしい態度をとった。

そして、彼らの間で、
僕のヘルプマークに触れることはタブー扱いされることになった。

そして、僕がけしゴムを落とすと
彼らは餌を投げられた鯉のように僕の消しゴムに群がり、
授業中も僕が筆箱のチャックを無意識に開け閉めしている動作を
「しゅんさんあけてあげる」
と言って開けようとしてくる。

僕はそれがすごく不愉快だった。

僕のことを勝手にみんな障害者扱いして、
僕ができることでも、手伝おうとしてくる。
僕は気を遣って欲しいわけじゃないんだよ。
普通に、いつも通り接して欲しいだけなんだ。

みんなと距離を感じるようになった。
いじめられてるわけではない。
攻撃されてるわけでもない。
それなのになんで、こんなに辛いのだろう。
僕とみんなとの間に、
地球と月くらいの距離感ができてしまったように感じた。

僕は、
自分の発達障害について調べた。

「整理整頓が苦手」
苦手だ。
「宿題を終わらせるのが苦手」
苦手だ。
「社会的なサインの読み取りが難しい」
なんだそれは
「顔が覚えられない」
背景と同化している
「急な予定変更が苦手」
苦手だ。

僕は絶望的な気持ちになった。
僕はなんて可哀想な人間なんだ。
苦手なことが多い上に
みんなから障害者扱いされて。
できることをもできない人あつかいされて。
僕は悔しかった。


ある日、
タブーであるはずの僕のヘルプマークに
久しぶりに触れてくるクラスメイトがいた。
あいなという女の子だ。

「しゅんさん、しゅんさんの障害についてもっと聞いてもいい?」
「いいけど珍しいな。何が気になるんだ」
「実は、私の妹も知的障害を持っていて、ピアノ学級に通っているの。」
それは興味深かった。知的障害という名前の障害を僕は持っていない。

「ねえ、土曜日小児科に私の妹連れて行くんだけど、帰り、しゅんさん家よってもいいかな?妹を逢わせたいの」
なぜ?脈略がないのでよくわからなかったが、
断る理由もないので引き受けることにした。

土曜日、
僕は家でゲームをしていると、家のインターホンが鳴った。
あいなだ。
僕は家のドアを開けた。

「しゅんさんこんにちは。このこが妹のみいな。」
「しゅんです。みいなちゃんよろしく」

みいなちゃんは僕の目を見ることなく、
黙っていた。
「みいな、こんにちはでしょう」
「……ちは」

僕は
この子に対して「ああ、この子は僕と一緒だ」と思った。
自分のことを絶望的で可哀想だと思っている子だ。
僕はこの子に何かの気持ちが芽生えた。
「上がっていきなよ。お茶用意するよ」

その姿を見たママが感心していた。
「しゅんがお客さんにお茶を出すなんて…」
みいなちゃんがいる手前、先輩風を吹かせたくて
ママが客にやっていることを真似しただけだよ

みいなちゃんがトイレに行っている間、あいなは僕に胸の内を明かしてくれた。
「みいなは、ずっと死にたいって言ってるの」
「なぜ」
「障害者だから」
「まあ、気持ちはわからなくないな」
「私たちは、みいなが生きていてくれるだけで幸せなの。なんでみいなはそれがわかってくれないの」
「難しいだろうな。できない経験って想像を絶するものなんだよ」
「そうなの?」
「そう。僕なんか、自分の無意識で寝てたり歩いてたり暴れたりしてるんだ。怖くもなるよ。」
「そう、なんだね。」
「だけど、できない経験ばかり積むから辛いのであって、できる経験を積ませれば自信になるんじゃないか?お、みいなちゃん。お兄ちゃんとゲームしよう」

みいなちゃんが帰ってきたことを確認すると、
僕はみいなちゃんとあいなにコントローラーを渡した。

ぼくはみいなちゃんがゲームクリアできるように丁寧に攻略法を教えた。
僕は、人にゲームの攻略を教えている時、すごく楽しいと思った。
僕は人に何かを教えることが向いてるのかもしれない。

それから、みいなちゃんが少しでもうまく行くように
難易度を下げたり、タイミングを教えるなどして尽力した。
みいなちゃんは見事にクリアした。
「お兄ちゃんありがとう、またくるね」
「しゅんさん、ほんとありがとう!」
二人は帰って行った。

さて──。

「しゅんさーん、見てたよ。ママ感動しちゃった」
「ママ、僕ね、気づいたことがあるんだ」
「なに?」
「知的障害の子って聞いた時に、なんの障害かわからなかったけど、死にたいって思ってるって聞いて、なんとかしてあげたいって思ったんだ」
「うん」
「僕さ、学校で消しゴムを落とした時にみんなが群がったり、僕の筆箱を開けようとしてくる子にむかついてたけど、僕、捻くれすぎてたのかもしれない。みんなは僕のことを助けてあげたいって思ってくれてたのかもしれない。なんとかしてあげたいって思う感覚って自然なものなんだね」
「そうなんだね……。」
「みんなが僕を障害者扱いして壁を作ってたんじゃなくて、僕が障害者だからっていう壁を作ってたんだね」
「しゅんさん、そうだね。ヘルプマークとかもそうだけど、どうしても人って初めて見るものや知るものには驚いてしまうものなの。しゅんも初めてライオンさんを見た時はとってもおどいてたのよ。だけどね、ライオンさんも、しゅんの障害のことも、時間が経つに連れて、慣れて行くものよ。みんな、そろそろしゅんさんの障害について慣れてきた頃なんじゃないかな? 」
「なるほどね。いい頃合いだから少しずつ壁をとっぱらってみるか!」
「しゅんさん、ママはいつだってしゅんの味方よ」

次の日、僕は消しゴムを拾ってくれた子に伝えた。
「ありがとう。僕は寝てしまってて消しゴム拾うのワンテンポ遅れちゃうけど拾えるから拾わなくて大丈夫だよ!」
次に筆箱。
「ありがとう。実は開けられなくて開け閉めを繰り返してる訳ではなくてこれをすることで頭の中を落ち着かせてるんだ。見守っててくれると嬉しいよ」

すると、
みんなの方から
また僕に話しかけてくれるようになった。

「いやーしゅんさんが宗教について語り始めた時はどうなる事かと思ったぜ」
「マジで馬鹿なの?って思った~」
「いや、それについてはマジで納得いかないんだけど。僕、宗教についてはかなり調べて自信あるんだけど??何が馬鹿なの?」
「しゅんさん、宗教って、ニュースでやってる宗教だけじゃないし、このクラスにも宗教やってる子いるかもしれないんだから、その子の信仰を否定する発言はだめだって」
「そうそう、しゅんさんの敵を作るだけだぞ~」
「いや僕は納得いかないよ。討論がしたい。そんな宗教なんてどこに還元されるか分からないものに多大なるお金を」
「はいはいはい、分かった分かった!とりあえず、しゅんさんルール、公共の場で宗教についての話はしない!」

僕は腑に落ちなかったが、皆が僕のためにそこまで言うなら、よそう。

「しゅーんさん!」
あいなの声だ。
「しゅんさん、この前ありがとね!みいなめっちゃよろこんでた!」
「少しでも生きたいって思ってくれるといいね」
「うん、定期的にしゅんさんの力借りちゃうかも。今度はしゅんさんがゲームしてるところを、みいなと見に行ってもいい?」
「いいけど……。というか、なんで僕なの?僕、知的障害じゃないし……。」
「なんで僕?かあ。」
あいなは考える仕草をした。

「ヘルプマーク、かなあ」
「ヘルプマーク?」
「うん、教室にいても、自分が発達障害をもっていることを公表してる子っていないでしょう。だけど、しゅんさんはヘルプマークをランドセルに付けてくれてた。しゅんさんがヘルプマークをつけてるのを見て、もしかしたら障害を公表しているしゅんさんなら、障害で前を向けないみいなを救えるかもっておもったの」

「そうか、僕ヘルプマークのこと、よく分かってなくてヘルプしてもらうためのマークだと思ってたけど、誰かをヘルプできるマークでもあったのか」

「それ、すてきだね!その考え方!」

「うん、あいなとみいなちゃんのおかげで気づいたんだよ。僕は人助けが好きだってね。僕のほうこそありがとう!僕このマークで僕みたいに困ってる人ヘルプしていくよ!」

ヘルプマークの意義、それは、
僕にとって誰かをヘルプするマークだ。

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七海恋🩵ヤンキーに育てられた教員
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